第72話 怒り(セオデンside)


 東の魔女の屋敷ーーー



「どういう事だい!?」

「申し訳ございません!!」

「誰も音に気が付かなかったというのか! 壁を壊されていると言うのに!!」


 ダリア様はランドルフの小僧がいた部屋を見て、激昂した。


「この、役立たず共が!!」


 ダリア様に罵られるとは、何たる幸運な兵士共だ。しかし、ランドルフの小僧を逃すとは頂けない。


「ダリア様、もしやすると部屋の中で魔法や魔術の制限をしなかった事が仇となったかと」

「……魔眼が開眼しやすくなる為にそうしていたが……あの坊やを甘く見過ぎていたわね」


 ガブレリア王国から戻ってすぐ、ランドルフの小僧がいる部屋へ来たがもぬけの殻。クローゼットの壁が壊されていた。

 誰も音に気が付かなかったという事は、この部屋の中での魔法が有効なのを逆手に取って、防音魔法か何かを掛けたのだろう。それもかなり強化したものだ。あの坊主、もしや開眼する寸前だったか?


「セオデン」

「はい、ダリア様」

「お前、ランドルフの坊やは毎朝、薬を飲んでいると言っていたな?」

「はい、確かに。毎朝、瓶の中身は空でございましたから、間違いないかと」

「では、これはどういう事だ?」


 ダリア様が指差す方へ視線を向けると、毎朝、私が栄養剤だと言って飲ませていたダリア様特製の薬瓶が中身の入った状態でベッド横にあるサイドテーブルの引き出しに、ぎっしり入っていた。


「こ、これはっ!!」 


 私は即座に跪き、引き出しを抱え込む様にして中身を見る。


「な……な、何故!? 私は確かに、空になった瓶を見たのです! なのに、なのに何故! あの小僧ぉぉぉおお!!」


 引き出しを抱え、私は怒りで震え上がった。

 ダリア様がフッと小さく笑う声が聞こえて顔を上ると、凍り付くほど冷たい眼差しが私に注がれている。


「セオデン、お前も堕ちたものだな。あんな坊やにしてやられるとはなぁ? 恐らく、幻視魔法でも使われたのであろうよ」

「……ダリア様、申し訳ございません。今一度、このセオデンに機会をお与え下さい。この不始末、必ずや挽回してみせます」


 ダリア様に向かい跪き頭を垂れ、許しを請う。暫しの沈黙後、ダリア様は何も言わずに部屋を出る。


「ダリア様!」


 私が叫ぶと同時に、使用人が急いだ様子で部屋へ入って来た。


「ダリア様、皇帝様の使いの者が急ぎの用との事で来ております」

「分かった。セオデン、話は後だ。着いて来い」

「はっ!」


 ダリア様は私を一瞥すると、部屋を出て行き私もその後を着いて行った。


 人払いをしたサロンに使者は一人。彼の放った言葉に、ダリア様は怒りに震え、手にしていた扇をへし折った。そして、フッと小さく聞こえたかと思うと、大きな声で笑いはじめる。

 一頻り笑うと、ダリア様は紙に何か走り書きし、使者へ渡した。私はドア付近に立ったまま、その様子を黙って見ている。

 使者がダリア様に深くお辞儀をすると、部屋を出て行った。それを見送り、ダリア様も部屋を出ようとする。


「ダリア様!」


 すかさず私が跪き声を掛けると、感情の読み取れない表情で私を横目で見る。


「まず、お前は今、何をしなければならない?」


 その一言に、私は素早く立ち上がり鴉の姿に戻る。


『あの小僧を探し捉えて参ります』


 行く当ては分かっている。

 私はガブレリア王国へ向かい屋敷を飛び出した。


『必ず捉えて見せます。ダリア様。私の愛しい人……』


 鴉を使い、奴を探すには日暮れ前までだ。それまでに、必ず見つけ出す。私は鳴きながら鴉達に伝達をする。そこら中からカァカァと返答があり、私はガブレリア王国へと向かおうとした。が………その前に。


 ガブレリアに三十頭の魔獣を放とう。いや、三十頭以上育っている様なら、もっと放ってやろう。

 そうすれば、奴等でもどうにもなるまい。嫌でも剣を使わざるを得ない状況にすれば良いだけだ。


 私は魔獣を大量に飼育しているへ向かった。


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