第61話 ランチのお誘いは平等に3
砦へ戻ると丁度昼の少し前で、レオンを連れ立って食堂へ向かった。
食堂へ向かう途中、廊下でレイモンドさんと会って一緒に食堂へ向かう。
「さっきブライアンから、みんなで中庭で昼食を食べようと誘われたけど、アルも行くの?」
「いえ、僕は先約があって、今回は不参加です。レイモンドさんは参加ですか?」
「いや、どうしようかなぁ……今日は日差しが強いからねぇ。日に焼けると、シミになるから。それに、私の子猫ちゃん達は、日焼けした私は好みでは無いと思うんだ」
子猫ちゃん……。
そうだ、この人はモテ男だったわ。良い人だけど、ちょっと手癖が悪いとエドワードお兄様から聞いた事がある。だからこそ、私がアリスである事は絶対にバレるなとエバンズ団長にも言われたっけ。
「そう言えば、アル」
「はい、何でしょうか?」
「最近、石鹸でも変えた? 今までと違う、良い香りがするんだよね……。柔らかな子猫ちゃん達に良く似た匂い」
何たる野生の感!
私は香水など付けてないし、石鹸もアルと同じ物の筈だ。
思わず一歩後退り「気のせいでは?」と言うと、レイモンドさんは「冗談だよ」と笑う。
どっから何処までが冗談なの!?
「最近、時々だけど団長がアルを熱い視線で見つめる時があるから……。ランチの先約って団長でしょう? 気を付けてね?」
何なの! 一体何なの!?
皆さん、なんでそんな事を!
「大丈夫ですっ! そんな事はあり得ませんからっ!」
自分の顔が赤くなっているのが、自分でも分かる。レイモンドさんは数秒黙って私を見つめ「そう?」と、楽しげに言って先を歩く。
レオンをチラリと見遣ると目の合った瞬間に『俺は絶対、出掛けるからなっ』と宣言されてしまった。
何だろ……すごく、つ、疲れた……。
私はゆっくりレイモンドさんの後を追う様に着いて歩いて行った。
無事に昼食を手に入れ部屋に戻ると、ドッと疲れが出て、盆をローテーブルに置きベッドへ雪崩れ込む。
レオンは私を部屋まで送ると、果物は帰ってから食べると言い残し、宣言通りさっさと出掛けてしまった。
嬉しそうに左右に尾っぽが揺れて可愛かったけど、居て欲しかった気もし無い訳では無い……。
皆さんにあんなこと言われたら、意識してしまうではないか……。
私はベッドに倒れながら、窓の外へ顔を向ける。
良い天気。私は憂鬱だけど。
「疲れた……」
コンコンコンとノックの音。
あれからエバンズ団長は私の部屋に入る前にノックをして返答を待ってくれる。
私は起き上がり、軽く髪を整え「どうぞ」と声を掛けるとエバンズ団長が部屋へ入って来た。
「お疲れ様です」
「あぁ、お疲れ。神獣様はもう出掛けたのか?」
「えぇ、とても喜んでいました。お気遣い、ありがとうございます」
「いや……、まぁ、うん」
歯切れの悪い返事をしながら、出入り口側のソファに腰を掛ける。
私の部屋にはローテーブルと一人掛け用のソファが二脚、簡易的な執務机と椅子、ベッドがあるだけ。
私はエバンズ団長に上座である窓際のソファに座るよう進めたが、断られたので私が座った。今まで意識していなかったのに、皆さんに言われた言葉が蘇る。どうしよう……急に緊張してきた。
「あ〜……食べるか」
「あ、はい」
沈黙の中、食器の当たる音が小さく響く。何か話した方がいいよね、と思って視線を上げる。
食事をするには椅子の高さとテーブルの高さが合わないせいもあり少々食べづらそうではあるが、とても綺麗な食べ方をする。
そういえば、レオンも高さが合わない割に綺麗な食べ方をしていた。どうもエバンズ団長とレオンは似た所が多い気がする。
そんな事を思っていると、私の視線に気が付いたエバンズ団長が食べる手を止める。
「どうした?」
「いえ、エバンズ団長様とレオって、何だか似ているなぁと思って」と笑うと
「へ?! 神獣様と俺が!?」と素っ頓狂な声を出すので、ますます笑ってしまう。
「あははは!……はい、仕草とか言動とか。良く似ています」
笑いながら言う私を、呆然としながら見つめ「仕草?言動?」と困惑している。
「はい。ふふ。例えば、今日の昼に出掛けて良いと話して、魔獣が出なければ良いねと言ったら、それが一番問題だと。エバンズ団長様と同じ事を言っていたのです。それに、今だって。レオも高さが合わないテーブルで食べづらいだろうに、果物をとても美しい姿勢で綺麗に食べるのですよ?」
笑いながら言う私を何とも複雑な表情で見つめていたが、不意に苦笑いに変わる。
「参ったな。……そうか、アリス嬢にとって俺は神獣様と同じか……ハハハ」
ん? 声は笑ってますけど、なんか少し落ち込んでます?
声と表情が相反する器用なエバンズ団長を見遣り、小首を傾げる。
「エバンズ団長様?」
「いやぁ〜……なるほど、なるほど」
ん〜????
「そうか、アリス嬢にとって、俺は人では無いという事かぁ……」
あっ。しまった。やってしまった。
内心冷や汗が出る。
「え、いや、あの、そう言う事では無くて……何というか……こう、親しみやすい……?」
「なぜ疑問形なんだ」
何やら半目で見られている……。
私は慌てて繕うように言い訳をしだした。
「えっと、だからその……あ! その他人とは思え無い感じで、親近感が湧くというか、こう、愛おしい気持ちになるというか……」
「愛おしい!?」
「え!? ……ああッ!!」
口元に片手を当て、顔を真っ赤にし金色がかった榛色の瞳が大きく見開いている。
私も同じくらい目を見開き顔が赤いだろう。
馬鹿アリス! なに口走ってるの!
両手で顔を覆い俯くと、エバンズ団長が何やら独り言を呟く。
「……愛おしい人に愛おしいと言われるのは、その……嬉しいものだな……」
恥ずかしくて顔が上げられ無い。どうしよう、泣きそう。恥ずかしいっ!
「あ〜、その、あれだ。何と言うか……。いつか、アリス嬢の姿と声で、聞きたい……です」
「……え?」
顔を上げると、まだ顔を赤くしているエバンズ団長が、首の後ろに片手を当てつつ伏せ目がちに言う。
「……アレックスの姿で言われても、なんか違うからな。その、なんだ。愛おしい、とか」
何度も言わないでぇ!
何これ! まるで愛の告白をし合ったみたいじゃない!
違うの! そうじゃ無いの! いや、そうじゃ無い訳では無いけど、でも愛とか、そういうのとはちょっと違うのよ!
否定したいけど否定出来ない自分に、心の中で悶えつつ泣きそうな顔をしていると、エバンズ団長がギョッとした表情をし、慌てて「た、食べよう!!」と言い出し、ナイフとフォークを手に取る。
私もそれに習い食事に手を付け、二人で黙々と食べ進めた。
美味しい筈なのに、味が分からない……。
なんとも言えない、ランチタイムとなるのだった……。
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