第57話 緊急会議
砦へ戻ると、真っ先にエバンズ団長の執務室へ向かい、状況を説明した。
エバンズ団長は直ぐに全員を集め、そしてハルロイド騎士団、魔術師団にも連絡をし、緊急会議を開いた。
緊急事態であり、フィンレイ騎士団が最も関わりがある内容であるため団員全員が会議に出席し、団長、副団長以外は後ろの壁沿いに待機した。
「つまり、魔獣の血を利用して、俺達は討伐の度に魔法陣を描かされているという事か?」
エバンズ団長の言葉に、エドワードお兄様が頷く。
「恐らくそうだと思います。我が国には黒魔術について書かれた書物がほぼ無いに等しいですが、僅かに書かれていた物には、黒魔術は血を多量に使うと記載されており、その血は必ずしも自分の物でなくても良いと。狂化した魔獣の血は魔素が多く含まれております。そのため、かなり強力な魔法陣になるのでは」
「討伐の範囲を考えると、かなり広範囲だが、万が一、これが完成したらどうなる?」
砦付近の地図が壁に貼り付けられ、地図上には討伐を行った箇所にバツが付けられている。その地図を見ながらハルロイド騎士団のザッカーサ団長が訊いた。
「黒魔術がどのくらいの効力なのか私には分からないのですが、我々の使う魔法陣で言うなら、この砦だけでなく、近隣のルベイの町もサルーラの町も全て覆い尽くすでしょう。ただ、先程も言った通り魔素の力でもっと広大な範囲になる可能性もあります」
「この地域一体を壊滅させるだけでなく、王都にも影響があるかも知れないという事も有り得るか……」
ザッカーサ団長は綺麗に整えられた顎髭に手を当て唸る。
「恐らく」
「フィンレイ騎士団は今まで何をしていた? ただ討伐をしていただけか?」
ザッカーサ団長はエバンズ団長を顎を上げ見下す様に冷ややかな視線で嫌味ったらしく言った。
「ッ!! んだと!? ふざけんなッ!!」
後ろで一緒に待機していたマーカスさんが今にも飛び掛かりそうなのを、レイモンドさんが素早く押さえた。
ザッカーサ団長は此方をチラリと一瞥し、直ぐにエバンズ団長へ視線を戻す。
「上司が上司なら、部下もまた同じという事か」
ザッカーサ団長は低く嘲笑った。
「もぉ、団長……あまり煽っちゃ駄目ですって。すぅぐそうやって敵作るんですからぁ」
気軽な口調で諭したのはハルロイド騎士団副団長のマルコ・ズベルフ。入団して一年足らずで、あっという間に副団長の座を射止めたと聞いている。ザッカーサ団長を諭しつつ、口元はニヤけているのでザッカーサ団長共に性格は悪そうだ。
エバンズ団長の斜め後ろに立っていた私は、彼が机の下で握り拳を作り、グッと堪えているのが分かった。
スッと息を吸い込む音がして、エバンズ団長が何かを言おうとした時。
「魔法陣の気配という物は……」
視線が一斉に私に集まる。
「魔法陣の気配という物は、人間には完成した時にしか感じる事は出来ません。しかも、現在魔獣は毎日、出没箇所も時間も不規則に現れている。魔法陣を描いていると勘付かれない為に魔女がそう仕向けているからだ。現に、貴方もこの会議が始まる前まで、この気配に気付いて居なかった。たった今も。我々はただ討伐のみを行い、その他について散漫になっていると仰りたいのであれば、そのお考えを訂正して頂きたい。我々は、討伐と貴方には気が付けない僅かに残る魔力の残滓を探っているんだ!」
全員の視線が私に定まったまま、しんと静まり返った会議室の空気を、カーター副団長が穏やかな声で揺らす。
「我々は、極力魔獣の血を流さない方向で討伐を行っています。何故なら、現在出没している魔獣が全て狂化した物だからです。あれだけ大量の狂化した魔獣を全て斬り殺していたら、この森の土壌に魔素が染み込み、樹々が雨水と共もに魔素を吸い込み、やがて毒を含む臭気を放ち、今後人間は立ち入りが出来なくなるでしょう。我々はただ討伐を行っているのでは無い。先の未来を見極めながら行動しているのです」
静かな声が淡々と伝える中、ザッカーサ団長がハッと、鼻で笑う声が響いた。
「そうやって自分達を正当化するのは、いかにもカーター副団長らしいな。魔獣が現れた箇所を初めから書き記しておけば、もっと早くに分かっただろうと私は言いたいのだが?」
テーブルを爪でカツカツと叩くザッカーサ団長を一瞥し、先程まで黙っていたエバンズ団長はゆっくりとした口調で話し出した。その口調に苛立ちは感じられ無い。とても冷静な声だ。
「確かに、我々が討伐した箇所を毎回地図に書き込んでいれば、もっと早くに気が付いたかも知れません。しかし、自分達を正当化するつもりはありませんが、こうして出没箇所も時間もバラバラだと、きっと今と変わらない段階まで来なければ気が付けなかった可能性だってあります。今は、魔女の魔法陣が完成する前に気付けた事の方が、よっぽど重要ではないですか? ザッカーサ団長殿」
昂然たる態度で言うエバンズ団長の声は、その場を圧倒する覇気がある。皆がザッカーサ団長に注目すると、苛立たしげに「フンッ」と鼻を鳴らしエバンズ団長から目を逸らした。
「私もエバンズ団長殿の言葉の通りだと感じるがのぉ」
声を上げたのは、エドワードお兄様の上司で魔術師団のサミュエル団長だ。御年六十七歳を迎える、最高齢の魔術師である。
「この魔法陣自体、とんでも無く巨大な物じゃ。この地図を見ても分かる通り、ほぼリバーフェリズの森全体を使っておる。疎らに討伐をして来たものを点で繋ぐとどうなるか等、最初から気付く事は不可能に近いじゃろう。そして何より、今回、魔法陣に使用されておる魔獣の血の跡は非常に少ない。魔法陣の姿そのものも、とても薄く描かれておる。完成する前に気付けたのは、フィンレイ騎士団と共に闘って下さっている神獣様が居てこそじゃ。恐らく、我々人間だけでは気が付かなかったじゃろうな。それに魔女もこんなに薄い魔法陣になるとは計算外であろう。これはフィンレイ騎士団の判断が、最悪の事態を避ける事に繋がるかも知れんと、私は思うがのぉ」
ザッカーサ団長の顔は赤く染り、一文字に結んだ唇の端が震えてる。
「サミュエル殿、それは余りに買い被り過ぎでは? 例え薄かろうが魔法陣は魔法陣。発動すれば、どの様な事態になるか……」
「じゃから、そうならない為に今、会議をしておるのじゃろぉ? 幸い、フィンレイ騎士団は魔力に長けた者が揃っておる。今後の討伐では、その魔力を最大限に活かして血を流さない討伐をすれば良いだけじゃ。そうじゃろう? エバンズ団長殿」
常に微笑んでいるサミュエル団長の目は、細くて見えない。その優しそうに微笑んだ細い目が、鋭く光った様に見える。
私はブルリと身震いし、エバンズ団長の背中を見つめる。ガタリと椅子を引き立ち上がり、良く通る低い声で宣言をする。
「えぇ、もちろん。その通りです。今後の討伐は全て我々フィンレイ騎士団だからこそ出来る討伐をして見せますよ。血の流れない討伐を……ね」
広い背中が、自信に満ち溢れている。
美しい立ち姿。その背中を見詰めていると、胸の奥がキュッと締まり、心臓が大きく脈を打つ。
これは一体何なのか。今後の討伐についての不安なのか。
初めて自身に起きた感覚に戸惑いながら瞳を瞬かせ、顔を伏せた。
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