第56話 魔女の罠
日々は残酷に過ぎて行き、私が砦に来てから既に二か月が経過した。
東の魔女の居場所は依然掴めず、調査は難航している。それでもポツポツと入る情報を頼りにハルロイド騎士団や魔術師団が調べを進めてくれている。
私達は魔獣討伐に専念をし、東の魔女の痕跡を探した。
魔女は相変わらず姿を現さず、狂化した魔獣だけは毎日不規則な時間で現れる。バイルンゼル帝国の狙いは何なのか。私達を疲弊させ、その隙を突いて攻撃するつもりなのか。魔獣の事を除けば、余りにも静かだ。
一か月以上も毎日休まず討伐するのは実際とても大変で、本当は皆さんに治癒魔法を掛けたいと思ったがアレックスは治癒魔法が得意じゃなかったので、掛けるとバレるかも知れないと思い自粛した。
エドワードお兄様にマーサに頼んで薬草を見繕ってもらい、次砦へ来る時に届けてくれないかお願いをしたら、早速持って来てくれた。それからは、時間のある時にこっそりと回復薬を作りはじめた。
少しでも、皆さんの役に立てる事をしたくて。
もちろん、出来上がった物はエドワードお兄様を通して「アリスから差し入れ」という体を取ってもらっている。
皆さんが実際に喜んでくている姿を見るのは、とても嬉しい。作って良かったと心から思う。
そんな、何の動きも無かった日々が急展開する出来事が起きた。
レオンが上空から巡視をしている最中、魔女の企みに気が付いたのだ。
それは、私達が気が付かずに魔女の策略に嵌まっていた跡でもあった---。
♢♢♢
『アリス! 見つけた!! 魔女の企みが分かったぞ!!』
レオンから念話が来たのは、ロブさんと夜の巡視を行っている最中だった。
二日前から、レオンは妙に落ち着かない様子で『砦の外から嫌な気配がする』と言った。
普段なら一緒に地上を巡視する所を、その日から上空から見ると言い出した。
そして昼間の巡視では気が付かなかった事が夜なら分かるかもと言い、夜の上空巡視をし始めて直ぐの念話だった。
レオンは焦った様に急下降し、私達に背中に乗るように言った。
「ロブさん、レオが背中に乗って下さいと言っています」
「俺が乗って大丈夫か? 結構、重いぞ?」
『そんな柔じゃない。それよりアリス! 早く乗って!』
「ロブさん、レオはそんなに柔じゃ無いと言っています。早く乗って下さい!」
「……分かった」
私が先に乗り、ロブさんが私の後ろに乗った。
「ロブさん、私にしっかり掴まってて下さいね」
「え?」
私は風除けの魔法を掛けると、有無も言わさずロブさんの両手を取って私の腰に回し、レオンに合図をする。力強く助走をつけ羽ばたくと、あっという間に星に近づいた。
空高く昇ると、真っ暗な森が眼下に広がり砦の灯りだけがポツリと見える。
『アリス、全体をよく見て。殆ど黒に近いから分かりにくいかも知れないけど、赤黒い光が微かに見えるだろ?』
言われてみれば、かなりの範囲に点々と見える。
「うん、見えた!」
『これ、俺達が討伐を行った場所ばかりなんだ』
目を凝らす。目が慣れ、真っ暗な森がどの位置に値するか、徐々に分かって来た。かなり広範囲に点が散らばって見て取れ、確かにこの二か月半、魔獣討伐を行った場所である。
「レオ、もう少し上に行ける?」
『あぁ』
「アリス嬢、一体何が見えているのだ?」
ロブさんが戸惑い訊ねる。
「ロブさん、森の中を良く目を凝らして見てみてください。私達が最近討伐を行った場所から赤黒い光が見えるんです」
「赤黒い光……?」
レオンが更に上空へと昇ると、ロブさんが「あっ!」と声を上げた。
「これは魔法陣じゃないか!?」
『正解。黒魔術だろうな。まだ未完成だが、あと何度か討伐を行ったら、発動するだろう……俺達は魔女にまんまと嵌められ踊らされているんだ』
「レオが言うには、魔女に嵌められたと。あと何度か討伐をすると、完成してしまうと」
「あぁ、その通りだな。既に半分は出来上がっている様に見える」
『ああ、恐らく一昨日の討伐で枠が出来たんだ。だから妙な気配を感じる様になった。俺とした事が。もっと早く気が付くべき事だったんだ……』
「そんなこと! いくらレオでも難しい事だってあるわ」
悔しそうに言うレオンに、私は必死に伝えた。ロブさんが「神獣様は、なんと?」と訊ねてきて、ハタと気がつく。
「レオは、一昨日の討伐で枠が出来たのだと、だから妙な気配を感じたのだと言っています」
そう伝えると、ロブさんは「妙な気配……」と呟く。
「直ぐにエバンズに伝えよう! 半分とはいえ、枠が出来ているとなると危険だ!」
「はい! レオ、砦へ向かって!」
『了解!』
私は胸の奥が騒めくのを抑えるように、心臓部分に拳を当てた。
魔女の企みを絶対に阻止すると、強く思いながら。
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