第55話 今、私が出来ること


 私が砦で無事に過ごすための会議は、あっさり終了した。


 現在、砦を出入りする者を含め、私がアリスだと知る人物は三人。


 エバンズ団長、ロブさん、エドワードお兄様。


 口外はもちろん厳禁。三人とも口は堅いから、大丈夫そうだけど。

 そして私の単独行動は全面禁止。必ずレオンを連れて歩くか、ロブさん、エバンズ団長と行動をする事。

 

 レオンは最初、自分の自由時間を奪われたと嘆いたが、ここに居られるだけでも良かったかと、自分を納得させた。そして料理長に頼み今後レオン用に果物を用意してもらう事になり、その果物に私が魔力を加える事で「花畑より良いかも」と、機嫌を直してくれた。


 レオンが部屋で食事をする様になったので、私も必然的に部屋で食事をする事が増えたのだが、エバンズ団長は「他の団員に気付かれる確率が低くなる行動は良い事だ」と言い、何故か嬉しそうに一人頷いた。


 でも、毎回ロブさんが来て一緒に食べてくれる。と言っても、ほぼ無言だけども。

 ロブさんが食事時に出入りしているのを知ったエバンズ団長は、会議や執務もあり多忙のはずなのに、何故か忙しい合間を縫って一緒に食べられる時はアレックスの部屋に来る様になった。


 最初、団員の皆さんが不思議がったけど、「東の魔女がアレックスを拐ったと分かった今、念のための警戒だ」というエバンズ団長の方便に皆さん納得をした。


 だが、いつの間か他の仲間が部屋に来て一緒に食事をする様になってしまい、エバンズ団長は「お前達は駄目だ!」と言ったが……。


「団長とロブは良くて何で俺達は駄目なんだ!」

「団長ばっかり狡い!」

「納得いく説明をしろ!」

「アルはみんなのアルだぞ!」


 等々、謎の抗議の声が上がり、結局はフィンレイ騎士団の仲間が代わる代わる来る様になった。

 そして時々全員勢揃いする事もあり、レオンだけでも狭く感じるのに大柄揃いのフィンレイ騎士団の仲間が勢揃いすると更に狭く感じた。

 それでも、皆さんと一緒に食事するのはとても楽しく、毎日の討伐やアレックスを心配し疲弊した心身が、そのひと時だけ少し和らぎ、ありがたく感じるのだった。



♢♢♢



「アル! 神獣様と上空の魔獣を頼む! レイモンド! 音魔術で上空の魔獣を一箇所に集めろ!」

「はい!」


 私はレオンの背中にレイモンドさんを乗せて、空中戦を行った。レイモンドさんは、アルと同じで市井で姿絵が売られる程、人気の高い騎士だ。フィンレイ騎士団のメンバーは、さほど汗臭いと感じた事はないが、それでもレイモンドさんからは、いつも清涼感のある良い香りがする。


『相変わらず、レイモンドは香水がきつい……』


 背中に乗せたことで、香りが強く感じるのだろう、レオンはボソリと呟いた。レイモンドさんは、音魔術で遠くに居る飛行タイプの魔獣を寄せ付けている。

 ある程度集まったら、私の出番だ。


『レオン、大丈夫?』と、私は魔獣に集中しつつ、念話で訊ねる。


『鼻がもげそう』


 その一言に、私は思わず吹き出すと、後ろに座るレイモンドさんが「アル、随分と余裕だな」と言ってきた。

 私は慌てて「いえ、そんなつもりは……」と応えようとすると、すかさずレイモンドさんが「来るぞ」と、短くも鋭い声で言った。


 私は「はい!」と一つ返事をすると、構えていた剣に魔力を集中させ、呪文も囁いた。



 ーーー炎華ーーー


 剣を薙ぐと、花弁のような炎が散り魔獣を囲む。


 レオンが一気に高度を上げると、火に囲まれた魔獣は赤から黄色の光に変わり小さな爆破を起こした。次の瞬間には光は消え、ハラハラと黒い灰が地上へ舞い散る。それも、風に飛ばされて地上に降り立つ前に散り散りになり消えていった。


「また新しい術だな。最近、新しい術を使う事が増えたな」


 レイモンドさんが感心したように言う。私は慎重に考えて「アリスが、考えたんですよ」と答えた。


「この間、念話した時に、色々と試してみてくれと頼まれて」 

「アリス嬢は、回復系に強いのだと思っていたが……」

「妹は戦術を考えるのも好きなんです。だから、時々試してみてとお願いされる事があって……」

「なるほど。頼もしい妹だな」

『アリス、ロブの闇魔術が発動する。一旦、離れるぞ』


 レオンは私に念話をすると、再び一気に上昇した。


「ロブの闇魔術を空から見るのは、初めてだ。こんな美しい陣だとは……」


 レイモンドさんが、感心した様にロブさんの術に目を向けて呟いた。

 誰もが思う事だと思う。


 これが闇魔術だと言われても、きっと一度は疑うだろう、と。


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