第54話 秘密の作戦会議
南棟の角部屋。そこがエバンズ団長の部屋だ。
ドアの前に立つと、私は呼吸を一つ。
ノックを三回。良く通る低い声が響く。心臓が五月蝿い。ドアを開ける。
「失礼します」
ドアを閉め、そのままその場に立ち止まる。
足が震えて、動けないのだ。
精一杯、足に力を込めて立つ。
私の部屋の倍以上の広さがあり、応接用のソファとローテーブルがある。既に一人用ソファにエバンズ団長が座っていた。
「こっちに来て座って」
エバンズ団長は、自分の正面にあるソファを指差す。少し声に覇気が無い様に聞こえる。エバンズ団長も緊張しているのかもと思いながら、私はぎこちない動きで三人掛けソファに近づき腰を下ろした。
「防音魔法、掛けられるか?」
「……はい」
防音魔法を掛ける姿を見てからエバンズ団長が立ち上がり、部屋に備え付けられている茶器を出し、紅茶を淹れ始めた。
無言の中、茶器の当たる音が妙に響く。
「どうぞ」
差し出されたソーサー無しのカップを受け取り「ありがとうございます」と礼を言う。
黙ったまま、二人で紅茶を飲む。
前も飲んだことがあるけど、やっぱり美味しい。少しずつ緊張感が解けていくのが分かる。カップを持つ手の震えが治まってきたから。
無言の空気を破ったのは、エバンズ団長だった。
「……上手く
目を伏せ、小さく笑う。その笑顔は、自嘲する様にも見えた。私はカップをローテーブルに置いて頭を下げてた。
「……皆さんを騙すような事をして、ごめんなさい」
大きなため息が聞こえ、私の身体は再び緊張し固くなった。
「もういいから、頭を上げて……」
静かな声にゆっくり頭を上げ、エバンズ団長を見た。とても苦しそうな笑みを浮かべ「もういい」と呟く。
「明日の朝、君は神獣様を連れて帰るんだ。アレックスの事は、俺達に任せてくれないか?」
ゆっくりと諭す様な優しい声。
きっとそう言われると分かっていた。
でも、その言葉を受け入れる事は私には出来ない。
「お願いします! 皆さんと一緒に調査させてください! アルは私の大切な家族で、私の魂の片割れなんです……だから、どうかお願いします!」
「しかし……。ここは女性の君が居て良い場所では無い。危険が多すぎる」
「何故です?! この恰好なら大丈夫です! もうバレない様に気を付けますし、私も戦えます! エバンズ団長様は、もう私の戦い振りはご存知でしょう? 足手纏いにはなりません! どうかお願いします!」
エバンズ団長は再び大きく息を吐くと前屈みになり両膝に肘を乗せ、両手で頭を抱える。
暫く何かを考えたのか、顔を上げると真剣な面持ちで訊いてきた。
「この事は、ご両親はご存知なのか?」
静かな声。低音の落ち着いた声が、私の身体に響く。
「……はい。知っています。兄のエドワードも」
「エドも!? ……あんの馬鹿が……クソッ!」
再び頭を抱え込み、うぅと唸る。
エバンズ団長とエドワードお兄様は騎士学校時代からの親友で気心知れており、長い付き合いだ。その兄が黙っていた事にエバンズ団長は悪態を吐いたようだ。
「妹をたった一人で男だらけで危険な場所に、よく置いていけたな……」
大きな独り言を吐き出す様に言い、勢いよく顔を上げた。
「他には居ないよな?! ここで、この事を知っているのは俺だけだな?」
うっと狼狽える私を見て、エバンズ団長の顔が曇る。
「……いえ……。あの、ロブさんもご存知です……」と言う返しに「ロブもだと!?」と声を上げて驚いた顔をする。
「どうやって知られたんだ!?」
片手をローテーブルに付き、身を乗り出して訊く。少し驚きながら姿勢を正し、しどろもどろと答えた。
「えっと……最初から気が付いていたと……今日、言われました……。でも、私の働き振りを見て、エバンズ団長様にお伝えするのを止めたと……他に教えるつもりは無いと、仰ってくださって……」
「……ぁあッ!!! どいつもこいつもっ!!」
悪態を吐きつつ勢いよく髪を掻きむしる。レオンも良くやる仕草に、こんな時にも関わらず何だか親近感が湧いてしまった。
両手で顔を覆い勢いよく天を仰ぐ。暫くして、エバンズ団長がゆっくりした動きで顔から手を離しソファに腕を下ろす。頭をガクリと下げ、ボサボサに乱れた頭のまま立ち上がると、疲れ切った顔で私を見下ろし「ちょっと待ってろ」と言って部屋を出て行ってしまった。
どのくらい待っただろうか、エバンズ団長はロブさんとエドワードお兄様を連れて戻ってきた。エドワードお兄様は何故か首根っこを掴まれ引き摺られながら連れて来られた。ロブさんは普通に後から付いて来たのに……。
エドワードお兄様は、私を見るなり全てを悟ったのか顔を顰め「まさか……」と呟いた。
それぞれに座る様に指示をし紅茶を淹れると、私にも入れ直してくれた。
全員が座った所で、エバンズ団長が話を切り出す。
「今から作戦会議を始める」
「作戦会議?」とエドワードお兄様が、はて?という表情をすると、それに対しエバンズ団長はジロリと半目で睨み付ける。
「どこぞのお嬢様が、ここでやって行くための会議だよっ!」
「え!? 本気か?! 良いのか? アリスが居て!?」
「エバンズ団長様!」
エドワードお兄様は驚き、私は希望の光に喜びの声を上げる。
ロブさんは腕を組んで、私達の様子を黙って見守っている。
「……エド、この借りは高く付くからな……」
エバンズ団長は更にじっとりとした目でエドワードお兄様を見る。
エドワードお兄様の「あははは……」という乾いた笑いが室内に虚しく響いた。
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