閑話 ラファエルの独り言
第50話 主従契約(ラファエルside)
ルーラの森は、精霊や妖精が多くいるせいか、魔獣は少ない。
何故なら、精霊達により空気も大地も浄化され続けているからだ。
精霊も妖精も、もちろん儂や小僧(人間にはレオンと呼ばれている)の様な神獣も。清らかな地でなくては、長く生きてはいけない。
この森は、ただの精霊ではなく、精霊王が棲まう森。精霊王の存在そのものが、清らかなもの。だからこそ、浄化され続けているのだ。
魔獣も魔樹も、不浄な空気や土地を好む。ごく稀にルーラの森にも魔獣や魔樹が棲息する事があるが、それは森の奥深くではなく、人間の暮らす森の入り口付近に多く棲息する。
理由は簡単だ。
人間の纏う妬み、嫉み、僻みといった負の感情が空気を汚し、それはやがて土地を汚す。人間の嗅覚では分からぬ、その腐敗した臭いに誘われて何処からとも無く魔獣は集まり、魔獣の毛に付いた魔樹の種が根を張り育つのだ。
それでもルーラの森に魔獣が少ない理由は、ランドルフ家がこの森を護っているからだろう。
精霊も妖精も、人間の持つ純粋な優しさや自然に対する愛が強ければ強いほど、力を得る。
そういった意味では、ランドルフ家の人間は代々皆、純真無垢な心根の美しい人間ばかりだ。その邸で働く者も含め見事に皆、優しさや愛情深い人間が揃っている。だからこそ、何百年ものも間、ルーラの森は精霊王が絶える事なく生きているのであろう。近くに住まう人間が、清らかな心を持っているからこそ成り立っているのだ。
そんなルーラの森の奥深く。
それこそ人間など、何百年と入って来た事がない場所に、儂は暮らしていた。
広大な花畑には、フラワーフェアリーが常に様々な花を咲かせる。儂はその花を喰み、時には眠り、時に小僧(人間にはレオンと…以下省略)と手合わせをし、ゆったりとした時間の中を生きていた。
この穏やかで平和な日常が、突如、破られる日が来ようとは……。
『神獣殿、おらぬか』
儂が花畑の中に身を横たえ昼寝をしていると、珍しく風の精霊王の声が聞こえ顔を上げた。
〈ニンゲン、ニンゲンガイル、ニンゲンガイル……〉
妖精達が騒めく。
儂はシルフィードの隣に立つ人間を見た。
何とも情け無い顔をして、キョロキョロと辺りを見回している。儂はゆっくりと立ち上がり、人間を見つめながら近寄った。
すると、人間は儂を見て口をパクパクとさせていた。
空気でも食べているのだろう。よっぽど腹が空いてる様だ。
そんな事を思っていると、儂はある事に気が付いた。
人間の持つ瞳の色だ。
青紫の瞳。
ランドルフ家の男児しか持つことの無いと云われる瞳。それを見て、シルフィードが儂を訪ねて来た意味を全て察した。
シルフィードの願いは、儂が思った通りの事だった。
儂は、今まで一度も人間と主従契約を結んだ事はない。儂のバァ様が人間と主従契約を結んでいた事があり、その時の姿が忘れられなかったのだ。
人間が短い寿命を終えた後、バァ様は長らく泣き続けていた。人間の時の流れでいうならば、百年もの間だ。何も食べず、身体は衰弱していき、ついには魔樹の毒の実を食べて自害したのだった。
そんな辛い思いをするのであれば、儂は人間と主従契約など結ばないと決意したのだ。
だが……。小僧は、人間と主従契約を結んだ。
とても心配であった。
儂は、確実に小僧よりも先に死を迎える。その時、万が一、小僧がバァ様と同じ様な状況になった場合、誰が小僧に寄り添うのだ、と……。
だが、小僧は『大丈夫だ』と言って笑ったのだ。
『祖父さん、俺ね、アルもアリスも。ランドルフ家のみんなが大好きだ。俺は、バァ様より多くの人と一緒に過ごしている。いつか、みんなが居なくなったとき。確かに寂しいかも知れない。その時が来ないと分からないけど。それでも、アルやアリスがくれている愛情は俺の中からは消える事はない。きっと俺を、ずっと癒してくれる。それがあれば、俺はきっと生きていける。バァ様みたいには、ならないって。そう思うんだ』
たくさんの楽しいことを積み重ねて、その思い出が、いつかの自分を守ってくれる、と。
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