第49話 油断大敵


「……いつから、気付いて、いました……か……?」


 恐る恐る訊ねると、ロブさんは少し考えてから「神獣様と来て直ぐくらいか……」と顎に手を当てた。

 私は、驚きのあまり一瞬思考が停止した。数秒して、何とか言葉を発する。


「最初から……。あの、どうして……」

「……気配……かな?」

「気配、ですか?」


 戸惑い訊ねる私を横目で見下ろし、フッと笑う。


「他の団員は気が付くまい。皆が見過ごす様なほんの些細な物だ。……そうだな。例えば……」


 少し身構えて答えを待つと、とても抽象的な答えで……。


「一見、よく似ているが……アレックスは暖かく優しい気配だ。アリス嬢は柔らかさがある。柔らかく、優しい気配だ」


 そんな事を言われたのは初めてで、どう答えて良いのか分からず「ありがとう、ございます……」という他、言葉が見つからない。


「あの……どうして一か月近くも、黙っていてくれたんですか……?」


 短く唸り考えた様子で「そうだなぁ……」と呟く。


「アレックスを助けたいと思って来たのだろ? ……もし、討伐で足手纏いになるならエバンズに伝えるつもりでいたが、アリス嬢はよく頑張っている。アレックスが居ない今、とても戦力になっている。だからだ」


 目頭がジンとして、鼻の奥がツンとする。泣くまいと顔が歪むのが自分でも分かる。

 ロブさんは私の手にキャンディーを手渡すとフッと笑って私の頭に手を置く。


「俺達だけの秘密だ」

「……ッ! ……はいっ」


 泣くのを精一杯我慢して微笑み返すと、ロブさんは一瞬目を見張り、くるりと向きを変え再び歩き出した。何となく、ロブさんの耳が赤く見えた様な……。まぁ、気のせいだろう。


 私は目元を拭うと、キャンディーを口に入れ、その味に微笑んだ。確かに、アレックスが好きな味だ。苺ミルクの味。美味しい……。


「……討伐の時に、幾つか初めて見る陣があったが……あれは、アリス嬢が考えたのか?」


 前を歩きながらロブさんが訊ねてきた。私は直ぐに隣に駆け寄り頷く。

 

「はいっ。私は魔法陣や戦略を考える事が趣味なんです……。変ですよね……。元々の始まりは、アレックスの役に立ちたいと思ってやりだした事でしたけど……」

「……充分、役に立っている」

「ありがとうございます」


 胸の奥がほんのり温かくなる。

 認めてもらえた事が、こんなにも嬉しい事だとは。普段、寡黙なロブさんが沢山話をしてくれている事も、とても嬉しい。

 私達はその後もポツポツと会話をしながら巡視し、砦へ戻っていった。 


 この一ヶ月。アレックスを思うと、とても苦しく忙しない気持ちだった。でも、今日はその気持ちが少し和らいだ気がした。

 ロブさんのお陰だ。



♢♢♢



 巡視を終えて部屋へ戻ったが、レオンはまだ戻っていなかった。

 レオンに念話を送ると、もう少し外にいると言うので私は着替えをする事にした。 


 今、軽く汗を流すか夕食後にするかどうしようかと考えながら騎士服を脱ぎはじめた。

 下着を見ると、少し汗ばんでいて今、汗を流すかと思いながら、下着に付けていた油紙を外した。


 外した途端、アレックスの姿からアリスに戻る。纏めていた髪を解き下着を脱いだ。


 ふぅと息を吐くと、ノック音と同時にガチャリと音がし……。


「アル、帰ったところ悪いが、ちょっと……い……いィィィイ?!!!!」


 黄土色に金色が入った榛色の目が、溢れんばかりに見開き、あんぐり口を開け硬直している。


 ………えェェェェエエ!!!!!!?


 我に返った私は、脱いだ騎士服で胸元を隠し大声で言った……。


「出て行ってくださいっ!!!!!」



 エバンズ団長はハッとした様子で動き出し、目を見開いたまま急いでドアを閉め出て行った。



 心臓があり得ない動きで早鐘を打つ。頭の中が真っ白になり、両膝がわらわらと震え出す。


 そもそも、いつもと違う行動をした私が悪いのだ。


 ロブさんに褒められて、認められた気がして嬉しくなって……。

 一カ月もの間、バレずにいた事に気が緩んでしまった自分が悪い。


 レオンが居なかったのも悪いのよ! レオンが居れば、バスルームに行っていたもの!


 ダメ、完全なる八つ当たり。レオンは何も悪くない……。


 普段ならレオンが居るから、いつもバスルームへ入って着替えていた。それを……。


 今日に限って!


 今日に限ってレオンが居なくて、挙句、気が緩んだ私はバスルームへ行かなかった事を、強く強く後悔し、声にならない声で呻めき声を上げた。


 ハッと気が付き、再び服を着て魔法陣の書いてある油紙を付け、手早く髪を纏めると、自分に魔法を掛ける。

 アレックスの姿に戻った私は、泣きそうになりながらも、深く深く呼吸を繰り返す。


 レオンに念話をしなくては。


 『レオン、緊急事態。直ぐに戻ってきて』


 レオンは直ぐに応答した。レオンの返答を聴くと、私は力無くその場にしゃがみ込んだのだった。

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