第47話 南の魔女(バイルンゼル帝国皇太子side)
※今回は新キャラの敵国・バイルンゼル帝国の皇太子視点での話です。よろしくお願いします。
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夜の闇が深くなった頃、閉めていた筈の窓のカーテンがゆらりと揺れた。
何の気配もない、静かな部屋。ベッドサイドのランプの灯りだけが、部屋の中を照らす。
「誰だ」
私は枕の下に隠している小刀に手を掛ける。
「皇太子、私だ」
その声を聴き、私は刀から手を離した。
「南の魔女か。この様な時刻に何事だ」
南の魔女と呼ばれた女は、カーテンを捲り部屋の中へ音も無く入って来た。
「すまんな、寝る間際に。だが、安心しろ。夜這いに来たのでは無い」
冗談なのか本気なのか分からない、済ました顔の女が言った。
ランプの灯りの中でも分かるくらい、浅黒い肌に黒にも見える深緑の短い髪、オレンジ色の瞳が妖しく揺れる。
皇太子である私に、媚び
【魔女】と呼ばれる存在だ。と言っても、この南の魔女と東の魔女にしか、私自身会った事が無いが。
私はふんと、鼻で笑いベッドの上で座り直す。
「何があった」
「この国は、ガブレリア王国に戦争を仕掛けておいでで?」
その言葉に、私は眉間に皺を寄せる。
「何の話だ」
「皇太子である貴方がご存知ないとは……。この二週間、不穏な動きが続いているというのに。何とも腑抜けた坊ちゃんだ」
呆れた様に溜め息を吐くと首を左右に振る。
私はムスッとした顔のまま、南の魔女を軽く睨み付け、顎をついっと上げ話を促す。
「フェリズ山脈方面に、密偵と思わしき兵士が数名出入りしているのを見てな。ちょっと気になって調べてみたのだ。すると、ガブレリア王国側から黒魔術の臭いがぷんぷんしてなぁ」
「黒魔術……東の魔女か」
私の言葉に、南の魔女はにやりと笑った。
「近頃、東の魔女のダリアの様子がおかしいと、一部から聞いてはいた」と、私が言うと。
「まるで、人が変わった様に豹変した、と?」
「ああ」
「皇太子は、最近のダリアに会ったことは?」
私は首を横に振る。
「いや、変わったと噂される少し前から、とんと顔を見なくなったのだ」
「それは不幸中の幸い、とでも言っておきましょう」
「どういう意味だ」
「そのままの意味ですよ。そんな事より……」
南の魔女は、強引に話を打ち切ると話を変えた。
「この二週間で、皇帝の側に見かけない顔を見る様になったのだが……。あれは何者か知っているか?」
その質問に、私は瞬時に顔を歪ませる。
「あの醜い顔の男のことか」
「醜いかどうかは、さておき。アレを、どこから拾ってきたんだ?」
南の魔女はどこか楽しげに訊ねる。私はうんざりしながら応えた。
「あの男は、異国の吟遊詩人だそうだ。第二皇子が街で見かけて気に入ったと、連れて来たのだ。
「なるほどねぇ……。第二皇子も、相変わらず引きが良い」
そう言うと、南の魔女は声を堪え笑ったが、その顔は直ぐに感情の無いものに変わった。
「アレは、人間ではないぞ」
南の魔女はサラリと言った。私は思わず身体を前に乗り出し驚く。
「え!? それは、どういう意味だ?!」
「アレは、人の姿をした人ならざる者だ。あまり長い事、皇帝の側に置かない方が良いだろう。僅かではあるが、既に死相が出ている」
「それは、誠のことか!?」
「皇太子、私を誰だと思っている」
私は前にした身体を後ろに倒し、壁に背中を預けた。
「なんたる事だ……」
「恐らく、今回のガブレリア王国への攻め入りは、第二皇子の目論見だろう」
「なぜ、そう思う?」
「あんな吟遊詩人を皇帝の側に置かせるような男が考える様なものさ。自分が皇帝の座に収まるおつもりであろう。差し詰め、第二皇子の取巻き連中から悪知恵を受けたのだろう。皇太子も、くれぐれも気をつけられよ」
私は片手を目元に当てた。深く息を吐き出すと、ふと部屋の中に風が吹いた。窓を見るとカーテンが揺れている。
その目を先程まで魔女が立っていた場所へ向ける。
そこにはもう、南の魔女の姿は無かった。
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