第46話 エドワードお兄様との約束
私とレオンが砦に来て二週間程経った。
魔獣は毎日の様に現れ、その多くが狂化していて、異常事態を肌身に感じていた。毎日フィンレイ騎士団と共に討伐を行っていたが、アレックスについての手掛かりも魔女についての情報も何も掴めないまま過ぎて行く日々に、私の心は焦りはじめていた。
そんなある日、討伐を終えて砦に帰ると、王都からの転移門で魔術師団が到着していた。
急遽、各騎士団の団長、副団長と魔術師団での会議が行われる事になり、討伐から帰ったばかりのエバンズ団長とカーター副団長は、慌てて身支度をしに部屋へ戻って行った。
夕食の時間になり、私はレオンを外に出してから食堂へ向かった。
丁度その時、会議を終えたエドワードお兄様が正面から歩いて来るのが見え、私はゆっくり後退りし回れ右で部屋へ戻ろうとしたのだが……。
私を見つけて凄い勢いで迫って来たのを目の端に見て取れ、早歩きをしたけど……。
「アレェェェェェエエックス!!」
低く呻く声が呼び止めようとする!
ひぃぃ! 怖いっ!
その瞬間、ガシリと肩を掴まれた。
「久しぶりだね、アレックス?」
ゆっくり振り向くと、満面の笑顔だけど。こめかみに青筋が見えてます! エドワードお兄様っ!
「ちょっと二人だけで話がしたいのだが? もちろん、時間はあるよな?」
「……はい。大丈夫、です……」
アレックス(今は私)に与えられている部屋に入ると、エドワードお兄様は防音魔法を掛けた。
「……アリス。無事で良かった……」
エドワードお兄様が私を抱き寄せ、頭を撫でる。私はエドワードお兄様の背中に手を当てて、抱き締めた。
「……心配かけて、ごめんなさい」
全身の空気を吐き出したのでは、と思う程、深く息を吐き出したエドワードお兄様は身体を離すと、私の両頬に手を当て顔を覗き込み、フッと笑った。
「本当に……。このお転婆娘は……。二週間も、よく誰にもバレずに過ごしているな。フィンレイ騎士団の人間なら魔力も高いし気が付かれるのではと思ったが……」
その言葉に、両肩を上げておどけて見せる。
「会議でも、お前は評判だったぞ? アレックス・ランドルフが、今まで使った事のない新たな魔術で魔獣を追い込んでいると。それがとても効果的だとな」
「本当ですの!?」
思わずアリスに戻って喜んでしまうと、エドワードお兄様がコツリとおでこを指で弾いできた。
「ッ! 痛い!」
「当たり前だ。痛くしたんだから」
「酷いっ」
「お前は、もっと酷い事をしているという自覚を持て」
おでこを抑えながら、エドワードお兄様を恨めしい顔で見上げる。
「マーサが泣いていたぞ?」
マーサ……。胸の奥がツキンと痛む。
「父上も母上も心配していた」
「……お父様、怒ってらした?」
きっと私は今、とても情け無い顔をしているだろう。エドワードお兄様は柔らかく微笑み「大丈夫だ」と言った。
「父上は、お前達を信じているよ。今でも、お前達の力になろうと色々動いて下さっている」
涙が出そうになり、すかさず俯いた。そんな私の頭を、大きな手が優しく撫でる。
「それに……父上がとんでもない味方を連れて来たから、きっと大丈夫だろ……」
エドワードお兄様が、独りごちる様に何かを呟いた。私は聞き取れた部分をエドワードお兄様に訊ねた。
「お父様がなんです? どうされましたの?」
エドワードお兄様は、少し困った様な表情をした。
「まぁ、これはまたいつか分かることだ。生きてさえいれば、な」
「……」
私は小首を傾げ、エドワードお兄様を見つめた。エドワードお兄様は、柔らかく微笑み「大丈夫だ」と呟くように言った。
「レオンも居るし、お前が無茶さえしなければ大丈夫だ」
「……はい。ありがとう……エドワードお兄様」
エドワードお兄様は、ふいに真剣な面持ちで私の両肩に手を置いた。
「アリス、約束してくれ」
「……約束?」
「必ず生きて帰る。アレックスもレオンも。全員だ」
「エドワードお兄様……」
「必ずだ。約束出来るな?」
私は黙ったまま、ひとつ。強く頷いた。そして、再びエドワードお兄様に抱き着いた。目の奥が痛い。視界が馴染んで、私は瞬きを繰り返した。
そんな私を優しく抱きしめ返してくれる。早くアレックスに会いたい……。無事だって知りたい。それはきっと、エドワードお兄様も同じ気持ちだ。
魔術師団が夜のうちに砦に強化魔法で結界を張った。そのお陰か分からないが、久々にゆっくり眠る事が出来た。
翌日の朝、近隣の町へ向かいエドワードお兄様達は出立した。
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