第45話 精霊王と神獣(お父様side)
森奥深くへ行くと、陽の光すら差し込む隙が無いほど緑に覆われていた。木々が互いに寄り添うように密集しており、日が射さないにも関わらず、背丈の高い草が茂っている。薄暗い森の中。人間が入った事は無かろう、道無き道。必死に草を掻き分け精霊王の後を追うと、眩しい光が目に入ってきた。
私は目を細め、その上に片手を翳す。
目が慣れてくると、そこには何とも美しい花畑が現れた。
「なんと見事な……」
色取り取りの花が、所狭しと咲き誇る。
青、黄、紫、桃、水……。ここが黄泉の国だと言われれば、信じてしまいそうな程に美しい光景であった。
『神獣殿、おらぬか』
精霊王が一声上げると、花畑の周りを囲む木々がサワサワと葉を擦り合わせ、音を奏でる。
ほんの暫く待つと、奥の方からゆったりと歩いてくる一頭の翼を持つ神獣が歩いて向かって来た。
近づくにつれ、レオンとは比べ物にならない大きさに息を呑む。
『神獣殿、ちょっと頼み事があってな……』
精霊王の言葉に神獣様は、じっと黙ったまま耳を傾けている。いや、私が聞こえていないだけで、会話をしているやも知れんが。とにかく、私は初めて会うレオンの祖父のあまりの大きさに、一人慄いていた。
レオンも大の大人を二人は乗せて飛べる大きさであるが、今目の前に居る神獣様は、どう見積もっても四人は乗せられるであろう程の大きさだ。
背も高く、躯幹も大きく立派だ。
レオンがよく、自分はまだ子供だと言うが、なるほど。お祖父様の神獣様を見れば、その言葉に納得をする。
私が一人で神獣様の大きさに驚いている間、どうやら精霊王と神獣様で話し合いが終わった様であった。
『ヒューバート。本当なら、私が其方の手助けをしてやりたい所だが、私には、この森を護る役目がある。神獣殿に事の次第を説明した。彼が其方の力となってくれる』
「え? あの、それはどういう……」
意味なのか、という言葉は続かなかった。何故なら、神獣様が私に向かって居住いを正し、首を垂れたからだ。
『ヒューバート、神獣殿に名を授けなさい。そうすれば、神獣殿と其方は一体となり、頼もしい力となってくれる』
その言葉に、私は驚きのあまり声が出なくなった。
なんたる事だ! 私が! 神獣様に名を与えると!?
私は生唾を飲み込み、神獣様を見つめる。相変わらず首を垂れ、私の言葉を待っている神獣様に向け、私の頭の中は真っ白になった。
何か名前を、何か!! 働け! 私の脳よ!
『ヒューバート? どうした?』
あまりに黙りの私に、精霊王が不思議そうに声を掛けてきた。その声の柔らかさに、私は「ひゃぁ?」と素っ頓狂な声を上げる。
『ふっふっふっ……。ヒューバート、そんなに緊張するものではない。大丈夫だ。我らは、其方の味方だ。我らを信じよ』
精霊王に、気を遣わせてしまった……!!
しっかりしろ! しっかりするんだ! ヒューバート・ランドルフ!!
私は小さく咳払いをしてみた。
あ、声、出る。良かった。
「うっ。ふん。あぁ、えぇ……」
掠れてはいるが声は出ている。次は、脳だ。名前を考えろ。良い名前を考えるんだ。
私は目を瞑り、思考に集中した。すると、私の脳内は忙しなく動き出した。
そんな中、脳内にひとつ。輝くように浮かんだ名があった。
これだ。
私は、ゆっくりと瞼を開き、神獣様を見つめる。すっと呼吸をひとつ。
「私の名は、ヒューバート・ランドルフ。其方と契約を結びたい。其方の名は、ラファエル」
名を告げた途端、私の中に温かく僅かに花の香りがする魔力が流れ込んできた。何と心地良い……。まるで、適温の湯船に浸かっている様だ。
『ラファエル、か。異国の神の名だな。気に入った。ヒューバート、今日から宜しく頼むぞ』
突然、頭の中に低音の声が響く。
これが、神獣様と繋がる、という事なのかと、どこか他人事のように感じていた。
そんな呆けた私に、精霊王が声を掛けてきた。
『ヒューバート。私からは、細やかだが、風の精霊の加護を与えよう』
「シルフィード殿……」
『この国を……。いや、其方の子供達を、無事に助けられる事を……』
精霊王は、私の額にキスを与えた。
私は、私の中で、ほんの僅かな不安さえも消え失せたことは気のせいではないと、確信した。
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