第43話 精霊王1(お父様side)


 アリスとレオンが出立して、一週間が経った頃。

 私は一人、ルーラの森へ向かった。


 ルーラの森は、我がランドルフ侯爵家が代々護ってきた森だ。それこそ、王命により八百年前から護り続けていると歴史書に記載されていた。


 【菫青石の宝珠】といい、今回の件は全てに繋がる。手を尽くして調べはしたが、エドワードが調べた事以上の情報は得られなかった。ならば、当時の事を知るであろう者達と会う必要があると、私は感じた。


 ルーラの森には、神獣様だけでなく精霊王様も棲んでいる。滅多に姿を現すことはないが、確かに存在している。なぜ、それが言い切れるか。それは、レオンの話しから読み取れる事もあったが、それだけでは無い。私は子供の頃、ルーラの森で精霊王様に助けられた経験があるからだ。

 レオンに出会うまでは、あれは夢であったと思っていた。だが、レオンの森での様子を聞き、あれは夢ではなく現実であったと思い直したのだ。


 あれは、私が十歳になった頃だった---。



☆☆☆



 私は母上の誕生日に、どうしても渡したい花があった。その花は、ルーラの森奥深くに生息している植物だと植物図鑑に記載されていた。


 その花の蜜は、命を救うとあった……。


 私の母上は元々身体が弱く、私を出産してから産後の肥立ちが悪く、なかなか回復をしなかったという。私が物心付いた頃には、だいぶ回復傾向にはあったが、少しでも無理をすると、すぐに床に伏せる日々であった。

 ある日、母上の体調が悪化し、昏睡状態に陥った。私は自分のせいで母上の体調不良が続いていると、深い悲しみに暮れた。幼い自分に出来る事は無いか、治癒魔法はさほど得意では無かった私は、何か別の方法は無いかと植物図鑑を読み漁ったのだ。


 そして見つけた。私の求める花を。


 私は家の者には秘密裡に計画を立て、一人ルーラの森へと向かった。途中、魔獣を倒しつつ花があるとされる場所へ進んだ。花は、森の奥深くにある崖っぷちに生息していた。

 当時、覚えたての風魔法を使い身体を浮かせ、崖の岩肌に生息している花を摘もうとした。しかし、そこは不規則な強風が吹き抜ける場所で、私は飛ばされてしまったのだ。

 もう終わりだ、そう感じた瞬間、私の身体がふわりと暖かな風に包まれ、崖の上へと運ばれたのだ。


『人の子よ。こんな所で何をしておるのだ?』


 その声に、幼い私は辺りを見回す。しかし、その姿は見て取れない。


『青紫の瞳……ランドルフ家の子か?』


 私の家の名を言われ、びくりと身体を硬直させる。一体何者なのか。私は姿の見えない相手を睨み付けるように、何も無い空間を見つめる。


『ああ、私が見えぬのか……』


 その言葉と同時に私の眼元だけ、ひんやりと冷たい何かがふれる。清涼感のある何とも不思議な感覚に、忙しなく瞬きを繰り返すと、目の前には硝子細工の様な半透明な人物が見てとれた。

 私は驚きで、ひゅっと息を呑み込む音を鳴らすと、目の前の半透明な人物は愉快そうに笑い声を上げた。


『人の子と話をするのは久方ぶりだ。どれ、そう怯えるでない。我は其方に危害を加える気はないのでな?』

「あ……あなたは、な、何者、ですか?」


 私の振り絞った震える声に、半透明の人物は、また愉快そうに笑う。


『我か? 何者だと思う?』と、悪戯好きそうな笑みを浮かべ問うてきた。

 私が何も答えられずダンマリでいると、半透明の人物は、困った様子で小首を傾げ『分からぬのか……』と、独りごちるように言った。


『我が名を知りたければ、まず其方から名乗られよ』


 よく通る凛とした声に、私は居住いを正した。


「わ、私の名は、ランドルフ侯爵家嫡男、ヒューバート・ランドルフだ」


 震え閉まる喉から、精一杯に声を上げる。と、クスクスと小さく笑う声が辺りから僅かに聞こえてきた。


『これ、お前たち。人の精一杯を笑うでないぞ? ヒューバート・ランドルフ。やはり、ランドルフ家の子であったか。我が名は、シルフィード。風の精霊王である』


 その名を聞くと同時に、耳の奥で硝子が爆ぜるようなパリンという小さな音が、幾つも響いた。私は戸惑いながら自分の両耳に触れると、シルフィードと名乗った精霊王は、笑いながら謝ってきた。


『すまないな。その音は、私の子供達が其方を歓迎している音だ。喜んでのこと故、許してやって欲しい。子供達、少し静かにしていておくれ』


 精霊王が言うと、耳の奥で響いていた音は、パタリと止んだ。


『さて……。ヒューバートよ。ルイスは息災にしているか?』


 精霊王は穏やかな笑みを浮かべ、私に問うた。

 ルイスというと、我が先祖の名だ。しかし、何百年も昔の人物であり、その他のルイスを知らない私は、正直に知らないことを伝えた。


「恐れながら、我が家にはルイスという名のものはおりません。何百年か前の先祖には、おりましたが、今は……」


 私の返答に、精霊王は『そうか……もう、そんなに時が経っておったのか……』と独りごちる様に言った。


『話を変えよう。其方は何故、あの様な場所に?』


 先程とは似ても似つかない、低く冷めた声。その声は背筋が凍り付くようで、どこか恐ろしさを感じた。


「わ、私は……花を摘みに来たのです……」

『花、とな?』

「私は、病気の母上を救いたいのです。そのためには、あの崖に咲く花が必要なのです」


 理由を聞いた精霊王は、悲しげな表情で私を見つめた。


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