第5章 侯爵令嬢、奮闘する

第40話 侯爵令嬢、理由を考える

 地上に降り立つと、騎士や兵士達に囲まれて代わる代わる頭を撫で褒めていく。


「アル!!」

「エバ……団長! みんな!」


 フィンレイ騎士団の仲間達が走り寄って来ると、他の騎士達が一斉に避け道が出来た。


 私も皆に駆け寄ると、エバンズ団長が力一杯に抱きしめてきた。


「すまなかった!! よく無事で帰って来た!!」


 ぎゅうぎゅうに羽交締めにされ呼吸が苦しくなり、エバンズ団長の背中をバンバン叩く。


「だんちょ……くるしぃ……」

「あぁ! すまない! つい嬉しくてな! どこか怪我などないか!? それより、どうやって逃げて来た!?」



 そうだったぁ! その言い訳、考えてなかったぁ!


『アリス……。どうする?』


 やばい。


「えぇっと……すみません、正直、あの日からの事は、あまり記憶に無くて……」


 苦し紛れにそういうと、エバンズ団長含め、フィンレイ騎士団の皆が困惑した顔で私を……アレックスを見下ろした。


「そうか……。ひとまず、休んだ方が良い。砦内にまだ空部屋があったな。誰か、アルを連れて行ってやってくれ」

「すみません……」

「気にするな」


 エバンズ団長は困った様な顔で微笑み、私の頭を温かい大きな手で、ぽんぽんと優しく撫でた。


「行こう、アレックス」


 赤茶色の髪にエメラルドの瞳。この人は確か、アレックスの一つ上か二つ上のマーカスさんだったよね。


「神獣も一緒に良いですか?」

「もちろん」

、おいで」


 人間のレオンと神獣のレオンが同一であることを知る者は少ない。そのため、私たちは外では神獣の姿の場合は「レオ」と呼ぶ事にしている。

 時々、レオンとレオの名前が似ていると指摘される事もある。が、まさか神獣様が人の姿になっていようとは誰も思わないため、疑われることは少ない。それでも。家以外では「レオ」と呼ぶようにしているのだ。


 私達はマーカスさんの後ろを着いて行き、砦の中へ入っていった。


「それにしても、よく無事だったな。よく帰って来た」


 前を歩くマーカスさんが、明るい声で言う。


「アレックスが連れ去られた後、団長がほんっと、面倒くさくて大変だったんだぞ? 俺が着いていながら〜とか、俺とした事がぁ〜とか、ずぅぅぅっと言ってて」

「なんか……すみません……」

「ははっ! とにかく、無事で本当に良かったよ。今日はゆっくり休め。明日からまた忙しくなるぞ」

「はいっ! ありがとうございます」


 マーカスさんが扉を開けてくれて、レオンと一緒に部屋へ入った。


「今夜の夕食は、俺が持って来てやるよ。明日の朝から、食堂で食べたらいい。じゃあ、また後でな」

「ありがとうございます」


 マーカスさんは「あぁ」と返事をし人懐っこい笑みを浮かべ、静かに扉を閉めた。


 部屋の中は簡素そのもので、寝るだけの為の部屋だというのが良く分かる。

 左奥に扉が一つあり、覗いてみるとバスルームになっていて、狭いが湯船に浸かれる浴槽とトイレがある。

 他に扉はなく、服は部屋の隅にラックがあるので、それに掛けるだけの様だ。部屋着用なのか、黒シャツとスラックスが一着ずつ掛けてある。手に取って身体に合わせてみる。少し大きい様だが、袖を捲れば着れるだろう。


 騎士には大柄の男達が多いせいか、ベッドはかなり大きなサイズで、これなら猟師小屋で寝た様に、レオンも一緒に寝る事が出来るなと思った。


『アリス』

「ん? なに? レオン」


 振り返ると、真剣な面持ちのレオンが瞬きもせず私を見つめる。


『アルが、どうやって戻ってこれたのか。きっとエバンズに改めて訊かれるだろう。ちゃんと何かしら考えておいた方がいいぞ?』

「あ〜……うん。そうだね……。レオン、何て答えたらいいと思う?」

『ちょっとは自分で考えてから聞けよっ!』

「あらら、ダメかぁ」


 考える事が面倒でレオンに投げたら、バレてしまった。仕方ない。考えるか。


 私はふと、バスルームに目を向けた。ここに来るまで浄化魔法で身体は清潔に保てているものの、やはり湯船に浸かりたい気持ちが湧いてきた。頭の中もすっきりした状態で考えた方が、何かしらアイデアが生まれるだろう。


「ちょっと、軽く汗を流しながら考えてみるね」

『あぁ』


 ベッドの上に寝巻きがあったが、この後に外へ出るかも知れないと考え、部屋着用のシャツとスラックスを手にしてバスルームへ向かった。




 夕方、宣言通りマーカスさんが夕食を持ってやって来たが、何故かフィンレイ騎士団全員が盆を持ってやって来て、狭い部屋でぎゅうぎゅうになりながら、みんなで夕食を食べた。

 アレックスがどうして連れ去られたかとか、どうやって帰って来たのかとか、そういった話題には一切触れる事なく、ただただ暖かく楽しい夕食の時間を過ごした。

 アレックスは皆さんに愛されているのだと感じて嬉しい反面、私の知らないアレックスの一面を見て、ほんの少しだけ寂しい気がした。

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