第41話 エバンズ団長の紅茶
翌日、朝食後にエバンズ団長の執務室に呼ばれ、私は一人で向かった。
レオンは昨日の夕食がお預けだった事もあり、早朝から花畑を探すと言って出ていったきり、まだ戻っていない。
執務室の扉を叩くと「入れ」とよく通る低い声が響いた。
扉を開けて「失礼します」と一礼し中に入ると、エバンズ団長とカーター副団長が執務机で書類を仕分けている最中だった。
「すまん、ちょっと座って待っててくれ」
「はい。失礼します」
私はソファに腰掛け、視線だけを動かして部屋の様子を伺った。簡易的な執務室とはいえ執務机も椅子も書棚もかなり立派な物で、王都の執務室となんら変わり無い雰囲気だ。
子供の頃に何度かお父様に連れられてフィンレイ騎士団の執務室へ入った事があった。何だかとても懐かしい気持ちになる。
そんな事を考えていると、エバンズ団長がひと段落ついたのか席から立ち上がり、部屋の隅にある茶器セットでお茶の用意をはじめた。
私は慌てて立ち上がり「団長、僕が淹れます!」と言うと、エバンズ団長が目を見開き私を見下ろす。金色がかった榛色の瞳が驚いて見て来るので、あれ? 私、何か間違えた? と、戸惑う。
「アレックス、突然どうしたんだ? やはり、まだ記憶が混濁しているのかな?」
カーター副団長が柔らかな声で言い、私をソファに誘導し座らせた。
「団長が紅茶を淹れるのは趣味だと、覚えていないのか? まぁ、飲んでみたら思い出すかも知れないな。なぁ、エバンズ」
急に話を振られたエバンズ団長は「あ、あぁ」と返事をし、茶を淹れるのを再開した。
エバンズ団長が私にカップを手渡す。ソーサーが無い事に戸惑いながら受け取ると、エバンズ団長はカーター副団長にも同じ様に手渡し、私の目の前のソファに腰を下ろした。
目の前に座る二人が黙って私を見つめている。ど、どうしよう……。私は手に持ったカップを口元へ運び一口飲んだ。
「……すごい……美味しいです……」
なんと香り豊かで美味しい紅茶だろう。温度も丁度良く、砂糖を入れていないのに、ほのかに甘味を感じる。感動して顔を上げると、エバンズ団長が柔らかで優しい微笑みを向けて「だろ?」と言った。
その微笑みに私は僅かに目を見開き、戸惑いながら「はい」と俯いてしまった。なんだろう、急に動悸がしてきた。
「アレックス、早速だが、囚われた時の事を覚えているか?」
カーター副団長が話を切り出す。レオンの言う通り、やはり訊かれたか。
「……いいえ……」
「神獣様を連れて戻ったという事は、ランドルフ侯爵家へ一旦帰ったのだろう? どうやって戻ったのか、それは覚えているか?」
「……すみません……覚えて、いません……気が付いたら、自室に居ました……」
昨日、湯船に浸かりながら考えたが、結局何も浮かばなかった。苦し紛れに出て来た言葉を俯いたまま答えると、エバンズ団長が一つ息を吐いた。
「そうか……。では、連れ去られた時の事を俺が話そう。聴いている最中に何か思い出したら、教えてくれ」
「……はい」
顔を上げてエバンズ団長を見遣ると、僅かに眉間に皺を寄せ苦し気に話し始めた。
「まず、俺達はフェリズ山脈の麓まで行った。そこでカーターがバイルンゼル帝国の偵察隊が残したと思われる目印を見つけたんだ。そこで、敵は砦方面へ向かおうとしていると踏んで二手に分かれる事にした。俺とアレックス、ロブが麓に残って調査を進める手筈だったんだ。その夜、砦組を休ませて居残り組で巡視をする事になった。俺とアレックス、ロブの二手に分かれ、森の中を巡視している最中、バイルンゼル帝国の兵士に出くわした。その時、魔女の策略に嵌った俺達は、攻撃魔法が一切の効力が無くなって追い詰められたんだ。そして、バイルンゼル帝国の魔女が姿を現した。魔女は、お前に【菫青石の宝珠】を求めているから連れ去ると言ったんだ」
菫青石の宝珠! その言葉に、私は酷く動揺した。魔女の目的がアレックスの瞳という事はエドワードお兄様の話で聴いてはいた。が、こうして実際に魔女と対峙したエバンズ団長の言葉に私は激しい動悸に襲われ、持っていたカップがカタカタと震えた。
その様子にエバンズ団長とカーター副団長が驚きながら顔を見合わせる。
「アレックス、落ち着け。大丈夫だ。ほら、紅茶を飲んで」
カーター副団長が隣りに来て私の背中を撫でる。カップを両手で包み込み、そっと口に付ける。紅茶の香りに、味に、少し落ち着きを取り戻す。
「……菫青石の宝珠は……魔眼の事です」
「「魔眼?!」」
私の言葉に二人が反応する。
私は一つ顎を引くと、侯爵家で調べたことを二人に話す事にした。
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