第37話 魔女の館(アレックスside)

 本も何も無い部屋で、僕はベッドに腰を下ろし、今後の事を考えた。


 恐らく、ここは魔女の屋敷に間違い無いだろう。この軟禁状態も僕が従順でいれば、このままだろう。あのセオデンという男から、どの位まで情報が引き出せるか……。


 小一時間経っただろうか、またしてもノックも無しにセオデンが部屋へ入った来た。

 彼は盆の上の状態を確認すると「ミルクがゆはお嫌いですか」と言って僕を見た。


「実は、私もミルクがゆは苦手でして。温める事で乳臭さが増すと言いますか。冷めたら冷めたでパンのドロっとした感じが、また何とも言えない食感で、どうもアレがダメでしてね。夕食には野菜をたっぷり煮込んだスープを用意させましょう。……栄養剤は飲んでいない様ですが、お身体は大丈夫ですか?」


 どこで呼吸をしているのかと思う程、早口で言い終えたセオデンに、先程も思ったが良く喋る男だと印象を刻み込んで、僕は頷いた。その様子を見て、彼は一つ頷き盆を手に持った。


「また夕食時に参ります。では、これにて」

「待て! お前に聞きたい事がある!」


 慌てて声を上げ呼び止めると、セオデンは小首を傾げ「はて? どの様な事でしょう?」と言い、盆を元に戻した。椅子を持ってくるとベッド脇に置き、長い脚を組んで座る。

 どうぞ、とでもいうように、手を差し出したので話を始める。


「まず……ここは何処だ?」

「ここは、バイルンゼル帝国にございます」

「いや、そういう事では……いや、それも重要か。えっと、ここは誰の屋敷かと聞いているんだ」

「あぁ、それでしたら、こちらはの館にございます」


 東の魔女。


 バイルンゼル帝国には四人の魔女が居ると聞いている。そうか、あの女は東の魔女か。ならば、ここはバイルンゼル帝国の東に位置する場所という事か。


「その東の魔女とは、どういった人物なのだ?」


 その言葉にセデオンは、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに気味の悪い笑みを浮かべた。そして、すぅと息を吸い込むと、東の魔女について語り出した。


「我が主は、それはそれはお美しく聡明でらっしゃいますし、魔女の中でも一、二位を争う程、魔術に長けておりますし、その美しさもこの国一番かと。何より慈悲深く慈愛に満ちたお方でございます。何においても、あの美しさに身惚れない者など居ないことでしょう」


 早口で語り、若干、頬を染め遠くを見つめながら話すセオデンに引きつつも、僕は黙って話を聞いた。


「我が主は、それはそれはお優しく、この国では主の美しさと優しさは、まるで女神の様だと言われておりますし、老人から子供まで多くの人間に好かれております。主の御心に触れたら、貴方様もすぐに虜になる事でしょう。なにせ、あの美しさでございますから……」


 美しく優しいのは良くわかったから! それ以外の話を! そもそも本当に優しかったら、こんな連れ去りなんかしないだろうがな!


 と、心の中で悪態を吐きつつ、まだ続きそうな東の魔女絶賛を僕は冷めた気持ちで聞いていた。が、流石にもう耐えきれず、セオデンの話の腰を折ることにした。


「ところでセオデン……と言ったな? 僕はいつまでこの部屋に居れば良いのだろうか? ご主人様に、僕はもう回復したと伝えてはくれないかな?」


 セオデンは話の腰を折られた事も気にせず、僕が放った「お優しいご主人様」という言葉に痛く感動したようで、僕の手を取り「お分かり頂けましたか!」と喜んだ。


「貴方様に主の素晴らしいが伝わった様で、セオデンも嬉しゅうございます! かしこまりました。主にお伝えしましょう。近いうち面通りになるやも知れません。その時は、主の美しさに惚れてはいけませんよ?フフフフ」


 セオデンの気味の悪い笑みに引きつつ苦笑いを返すと、彼は素早く立ち上がり盆を手に取ると「では、これにて」と、部屋を出て行った。



 それから二日経った。


 東の魔女との面通りは叶わなかったが、何か読みたい本があれば読んでも良いと許可が出たらしく、僕は早速駄目元で「バイルンゼル帝国の歴史書が読んでみたい」と言った。

 あっさり了承が降り、僕はバイルンゼル帝国の歴史を紐解く事にした。


 何十巻とある歴史書はガブレリア王国のそれとは違い、自国を賞賛する美辞麗句が並び、本来の歴史書とは異なる様な内容だった。それでも何かヒントがあればと読み進めると、今から八百年前の頁だけ、何度も読み込まれた様な跡があり、内容も他の時代と違っていた。


 それは、バイルンゼル帝国がガブレリア王国へ攻め入る内容。両国の今に至るまでの関係性の始まりだった。


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