第35話 大切な客人(アレックスside)


 目が覚めた時、僕はどこかの屋敷の一室に居た。


 ベッドから身体を起こし、部屋を見回す。必要最低限の物だけが置かれていたが、ベッドの寝心地の良さや、テーブルや椅子の繊細な飾りでである事は直ぐにわかった。


「お目覚めですか」


 ノックもなく部屋に入って来た人物を見る。身構えた僕を見て、相手は苦笑いしながら「何もしませんよ」と言って盆を持って近寄って来た。


 不自然な程、真っ黒な髪を後ろに撫で付け、インクの様に真っ黒な瞳、特徴的な鷲鼻に丸眼鏡を掛けたヒョロリとした薄い体格の男が、ベッドの横にあるサイドテーブルに盆を置いた。


「丸三日、寝ておりました。喉が渇きましたでしょう。その前にどうぞ、これをお飲み下さい。大丈夫、毒は入っておりません。貴方様は主のですから」


 男が差し出す小瓶を睨む様に見つめ、一向に手を出さない僕の手を素早く取ると「さぁ」と持たせた。あまりの素早さに何も出来なかった自分に呆然としつつ、一気に警戒心を増す。その気配を察したのか、男は再び苦笑いをした。


「大人しくしていてさえ頂ければ、何も危害を加える事は致しません。あぁ、私は貴方様のお世話を仰せつかっているセオデンと申します。さぁ、それは栄養剤ですから一気にお飲みください。なんなら、私が毒味して見せましょうか?」


 セオデンと名乗った男は、僕に渡した小瓶を再び自分の手に戻し一気に飲み干した。

 僕は得体の知れない物を見る様な目でセオデンを見上げ、その様を見届ける。


「うん。不味くはない」


 若干、眉間に皺を寄せながら言い、怪訝な顔で見つめている僕を見下ろし「ね? 死なないでしょ?」と両手を肩の高さに上げ、戯けて見せた。


 何なんだ、この男は。


「はい、大丈夫と分かったのですから、飲んで下さい」


 そう言いながら何処からともなく薬瓶を出すと、僕の手に持たせた。


「ミルクがゆも。食べられるだけで良いので食べて下さいね。また暫くしたら来ますので。では、これにて」


 言うだけ言って、さっさとドアの向こうへ消えていった。

 何だったんだ、今のは……。


 しばらく呆然としていた僕は、ふと思い立って指先に魔力を集める。それを暖炉に向けて振ってみると、暖炉に火が点った。魔力制限されていない。では念話はどうだ、と思いアリスに向けて送ってみたが、何も反応がなく何も感じない。届かないということか。出来る術と出来ない術がある。


 どういう事だろうか。


 ベッドから出て窓辺へ行き、窓の桟に触れると急に力が抜ける様な妙な感覚があり、直ぐに手を離した。


 よく見ると、森で見た赤黒い石の様な物で窓の桟が作られており、どうやら外に向けての魔力制限が起きる作りのようだ。という事は、あの時と同じくこの中で起こす魔法は使用可能だが、外へ向けての魔法は不発するということか。所謂、軟禁状態なのか。

 先程のセオデンの言葉を思い出しながら、随分とだな、僕は。と、思った。


 急激に喉の渇きを覚え、僕は警戒しながらもグラスに手を付けた。水差しの中の匂いを嗅ぎ、念のため魔力を込めてみる。毒なら何かしら変化が起きる筈だ。特に変化は起きず、ちゃんとした飲料水なのだと思い、グラスに注ぐ。口を付けたとたん、一気に飲み干し、立て続けに二杯飲んだ。ふうっと息を吐くと、僕はベッドに力なく腰を下ろす。


 あのセオデンという男は、大人しくしていれば何もしないと言っていた。一体、僕は何のために連れ去られたのだろうか。魔女は何を考えいる? 何をしようとしている?

 考え込んでいると、ふとアリスの顔を思い出した。僕はハッとして、自分の騎士服があるか気になり、衣装部屋らしき扉を開けた。

 中には騎士服がちゃんとハンガーにかけてあり、それを見てホッとする。胸ポケットの中に手を突っ込むと、手に当たる硬いものを取り出した。

 アリスが作った回復薬の小瓶だ。


 入ってて良かった……。


 蓋を開け一気に飲み干すと、身体の内側から魔力が湧き出る感覚があり、気怠さが抜けていく。その事に、どれだけ自分が疲労していたか気がつく。僕は、アリスが作った回復薬が入っていた空瓶を握り締め、額に当て目を閉じた。

 身体の隅々まで、魔力の流れが正常になるのを感じながら。





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読んで頂き、ありがとうございます!

今回登場した世話役のセオデンと、この邸の主である魔女のイメージイラストを近況ノートで公開しています。良かった、覗いてみてください。

https://kakuyomu.jp/users/seiren_fujiwara/news/16817330657208999643

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