第34話 糸口(お父様side)


 エドワードの話は、【闇の王と菫青石の宝珠】につてではあったが、要約すればガブレリア王国とバイルンゼル帝国の亀裂の始まりであった。


 両国の争いに八百年という長い歴史がある事は、ガブレリア王国のみならず近隣諸国であれば誰もが周知している事実だ。


 しかし、その始まりが我が侯爵家が関わっていると知り、何とも言えない動悸に襲われている。いったい、我が先祖は何をしたのだ!?


 王族のみに伝わる門外不出の記録書にしか、その事実が記されていない事も気になった。その様な重要事項が、なぜ子孫に伝わっていないのかと。


 もしかしたら、その理由も記録書には記してあるが、我々には伝えられない理由があるのだろうか。門外不出の情報を触りでも特例で伝えて頂いた事は有難いが、解せぬ。




 一時間前----




「殿下の話では【闇の王】というのは、王宮で魔術師として仕えていたギデオン・モーリスという人物です。今はもう没落したモーリス伯爵家の人物だったそうです。闇の魔術に長けており、闇の魔術と魔獣の関係性を研究していたとか。その人物と我が侯爵家の先祖であるルイス・ランドルフ侯爵は親友であったそうです。そしてある時、ギデオン・モーリスはバイルンゼル帝国へ渡ったとの事です」


 その言葉を聞き、私は訝しんだ。


「バイルンゼル帝国へ? それはまた何故?」

「その理由は記述に無く、殿下も分からないと仰ってました。その時には既にバイルンゼル帝国は、虎視眈々とガブレリア王国を攻め入る隙を伺っていた様です。そして帝国へ渡ったギデオン・モーリスを拘束し、彼の知識を逆手に取って魔獣を放ち、この国を襲わせた。それを我が先祖のルイス・ランドルフ侯爵が【菫青石の宝珠】と呼ばれた魔眼を駆使し、ギデオン・モーリスを救出。争いを終焉させたとの事でした。しかし、その後ギデオン・モーリスがどうなったのかは、記録には記して無かったと」


 興奮気味に報告を終えたエドワードは、紅茶を一気に飲み干した。

 私は腕を組み暫し記憶を辿り、歴史書に書いてある事を思い出してみた。


「我が家に伝わる文献には、ルイス・ランドルフ侯爵の事はフィンレイ騎士団の創設者である事以外殆ど書かれていない。彼の功績がそこまであるのであれば、何かしら書いてあっても良さそうだが……」


 その考えにエドワードも小さく顎を引く。


「私も、読み返しました」とエドワードは言い、不自然な点を口にした。


「確かに、魔眼の事も記されていないのは不思議ですね。肖像画も子供の頃の物のみですし。ルイス・ランドルフ侯爵が意図的に記さなかったのでしょうか……だとしたら、何のために……」


 考えてみたところで、記録が無い以上は全て憶測であり真実ではない。私は話を戻し、闇の王についてエドワードに訊ねた。


「その、ギデオン・モーリスという人物については、それ以外に何か情報は無かったのか?」


 私の質問にエドワードは子供の様に目を輝かせ、さらに興奮したかの様に話し始めた。


「えぇ、それがなかなかに凄い人物で。魔術師団の資料を調べたところ、フィンレイ騎士団が魔獣討伐を行う際に使用する魔術の殆どが、彼の発案した物だったのです」

「そうなると、私も使用していたと言う事か? 闇の魔術を?」


 闇の魔術を使った記憶が無い。一体どういう事だとエドワードの話を半信半疑で聞く。


「えぇ、間違いなく父上も騎士団時代に使用していた魔法陣です」


 ニヤリと楽しげに口角を上げる。


「例えば、夜活動が活発になる魔獣を標的にしたものです。夜の闇よりも更に暗い闇の空間を作り誘き寄せ、入った所で太陽と同等の威力がある光魔術が発動し滅する魔法陣であったり、昼活動する魔獣に対しては幻夢の魔術で誘き出したり……。父上は幻夢の魔法陣がお好きでしたよね?全て、ギデオン・モーリスが発案した物でした」


 聞いた魔法陣を思い出し、私は驚いた。確かに『闇の魔術』と改めて言われればそうだと分かる物もあるが、やはり信じ難い。何故なら、彼が作ったという魔術には必ず「光」が存在していたため、闇の魔術とは別物であると認識していた。そして何より、闇の魔術特有の禍々しい恐ろしさを魔法陣から一切感じた事が無かった。

 一つの魔法陣に複数の術が組み込まれていたが、それは複雑に計算し尽くされた物でとても美しく、発動した際の光も闇の魔術とは思えない物だった。


 あれらの魔法陣を思えば、闇の魔術を熟知し応用出来るだけの知識と魔力があった人物だと分かり、【闇の王】と称されるのも頷ける気がした。ただの闇の魔術では無い。闇でありながら女神の様な美しさがあるのだから。


「どの魔法陣も一つの陣に対して時差を利用し複数の攻撃を放つ……なかなかに複雑で美しい魔法陣ですが、あれらを使い熟せるのはフィンレイ騎士団以外の人間には無理かと思います。正しく、フィンレイ騎士団のための魔法陣です」

「あぁ、その通りだ。それ相応の魔力量が無ければ、フィンレイ騎士団以外の騎士では直ぐに魔力切れを起こす様な魔法陣が多い。そうか……【闇の王】の作った魔法陣であったか……」


 ただただ驚き、感心した。だからこそ、何故【闇の王】がバイルンゼル帝国へ行ったのかが気になった。


 八百年前に魔女の存在があった事は、レオンの祖父の話で分かっている。エドワードの調べた魔法陣は闇の魔術に似ていたという。それが魔女の物だとし、もしかしたらギデオン・モーリスはバイルンゼル帝国へ渡り、魔女の知識を得ようとしたのか?

 いや、記録が定かでは無いとなると、もしかしたらバイルンゼル帝国に潜入調査をしていたのでは?


 様々な角度からギデオン・モーリスという男について考えた。今回のアレックス拉致が、この八百年前の何かに繋がっているような、そんな気にすらなった。


 得体の知れない存在。これから起こるであろう出来事を思うと、私の手は微かに震えた。


 今、私が出来る事はただ一つ。八百年前に何があったのか、隠された歴史を紐解く事だ。

 どこからどの様に調べたらいいのか。ひとまず、没落したモーリス伯爵家について調べよう。


 私は窓の外に広がる青空を見つめ心から祈った。


 どうか双子とレオンが……子供達三人が、無事で帰る様にと。

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