第30話 いざ、出陣!(後半、お母様side)

※今回、前半はアリス視点ですが、後半のみお母様視点です。よろしくお願いします。

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 元王族のお母様は全ての所作が完璧で、そして衰えを知らないその姿は三人も子供がいるとは思えない程、女神の様に美しい。


「……お母様……」


 私が辺りを見回すと、お母様は柔らかな声で言った。


「大丈夫です。わたくし一人で来ましたから、誰も居ません」

「………」

「行くのですね?」

「……どうして、私がアリスだって、分かったの?」


 姿だけではない、声だってアレックスそのものだと言うのに。


「窓からレオンが神獣の姿をして歩いているのが見えました。神獣の姿だという事は、アレックスが戻って来たのかと思い、庭に来てみましたが。貴女の姿を見て、直ぐに気が付きました。どうやってレオンを元の姿に戻したのか、それだけは分かりませんが」

「……」


 お母様は、私が腑に落ちない顔をしているのを見て、ふふふと優雅に笑った。


「わたくしは貴女達の母親ですよ? どんなに完璧に変装をして、他の誰かには分からなくても、母親ならば、ほんの些細な仕草で分かるものです」

「……お母様、あの……」


 私がお母様に近寄ると、お母様も私に数歩近寄り、私の二の腕を優しく掴んだ。


「エドワードもアレックスも貴女も、そしてレオン、貴方も……。みんな。わたくしにとって大切な子供達です。どうか、無事に戻って来てください。約束ですよ」


 お母様は私をぎゅっと抱きしめる。私からそっと離れると、今度はレオンの耳の後ろを撫でた。レオンは気持ち良さそうに目を細める。


「レオン、アリスとアレックスをお願いね」

「アゥゥゥ……」


 レオンが小さく甘えたような声で一鳴きすると、お母様はふわりと微笑み、スッと一歩後ろへ下がった。


 レオンは私が乗りやすい様に姿勢を低くしたので、その背に鞍をしっかりと取り付け跨る。


 風避け魔法と防御魔法をかけ、レオンに準備完了を知らせると、ゆっくり立ち上がる。


「お母様、必ずアレックスを連れて帰ります! では、行って参ります」

「気を付けて」


 レオンが助走をつける様に数歩走ると、白く輝く大きな翼をバサリと広げ、宙に浮いた。


 手を振るお母様の姿が、あっという間に小さく遠くなる。私は気を引き締めて、風除けの魔術を自分の周りに掛け、前を見据える。


「いざ、北の砦へ!」と地平線を指差す……。


『いや、そっちは東だ』

「……いざ! 出陣!」

『……はい、はい』



 私とレオンの旅が始まった。




☆☆☆





「行ったか……」


 黄金色の神獣が遠くの空へ消えて行くと、後ろから愛しい人の声がした。


「あなた……。いつからいらしたの?」

「お前がアリスに、何故気が付いのか理由を説明している時だ」


 困った様に笑いながら、夫が言う。


「それなら、その時に出て来て下されば良かったですのに」

「いや、アレは私が居たら行くに行けなかっただろう」


 その言葉に、わたくしは小さく笑い「最初から行くと、知っておりましたのね?」と言うと。


「……双子だからな。魂の片割れを助けに行くだろう事は、アレックスが消えたと聞いた時から分かっていたよ。きっと、止めても無駄だと。それでも、私も親だ。愛娘が危険な場所へ向かう事を、どうして許せよう……。顔を見て言葉を交わしてしまえば、私は鎖で繋いででも行かせなかっただろう」


 肩をすくめ眉を下げて笑う夫の眼差しは、もうあの子達の姿が見えなくなった空を見上げている。


「顔を見ない事で、あの子の心を尊重して下さったのですね……。ありがとうございます」

「いや……。これが正しい事だったのか、未だにわからない。今からでも連れ戻したい気持ちも、まだこの胸にある。しかし、これはあの子達にとって、立ち向かわなくてはいけない宿命なのだとしたら……」


 愛しい夫の心の葛藤が、手に取るように分かる。

 王宮で一目惚れしたあの日から、ずっと変わらない美しい横顔。歳を重ねてもなお、愛してやまない夫のゴツゴツした大きな手を取り、そっと両手で握る。


「きっと無事に帰ってくると、信じましょう」


 夫が、わたくしの瞳を覗き込む様に見つめる。その青紫の瞳は何処までも優しく、暖かい。繋いだ手を離し、わたくしの肩を優しく抱き寄せる。


「そうだな」と、小さく微笑み、再び雲一つ無い空を見上げる。わたくしもその視線の先を祈る様に見つめる。


 きっと、大丈夫だと、わたくし自身の心に言い聞かせて。



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