第21話 マーサの見立て


「マーサ、ありがとう。助かったわ」


「いえ、お嬢様。それにしても、こんなに大量に作って、どうなさるのですか?」


 普段なら一回に二十本程度しか作らない物を、普段の倍を作ったのだ。気になるのも当たり前だ。


「フィンレイ騎士団の皆様に、日頃お世話になっているお礼も兼ねて、差し入れをと思って。最近、アルも忙しくしているでしょう?」

「お嬢様……。アレックス様は大丈夫ですよ、絶対」

「……やっぱり、知っていたのね……」

「そりゃ、あの新聞を最初に見たのは料理長でしたから、大騒ぎでしたもの」


 しんみりした空気の中、マーサは一際明るい声で「それに!」と続けた。


「その差し入れは、エバンズ様も絶対、喜ばれると思います!」

「なんでそこでエバンズ団長様が出て来るの!?」


 唐突に思いもしなかった名前が出て驚くと、マーサは目を大きく見開きながら、またしても予想外な言葉を口にする。


「え? あれ? エバンズ様まさか、まだお嬢様に求婚なさっていないのですか?」


「はい?!」突飛もない発言に、声が裏返る。


「……この間の誕生日会で、あんなに周りの令息を牽制しておきながら、何を悠長に構えてらっしゃるのやら……」

「マーサ!?」


 周りを牽制!?


 初めて聞く話に、私は口を開け驚く。


「誰がどう見たって、エバンズ様はお嬢様に好意を持っていらっしゃるじゃ無いですか。まさか、お気付きでは無かったのですか? それとも気付いていて、その態度……お嬢様、なかなかの小悪魔ですね」


 いや、最後の一言は余計だけど!


……何となくエバンズ団長が私に何かしらの感情を持っているのは、気が付いてはいた。だからこそ、彼が何か良からぬ事を口にしそうな時に野生の感が働いて、言葉を被せて話題を変え阻止してきたのだ。


 その先の言葉を、聞きたく無くて。なんとなく。


「エバンズ様は、お嬢様よりもお強いでしょうし、見目も素晴らしく、素敵な殿方ではありませんか。お二人が並ぶと本の挿絵かと思うくらい、美しくお似合いですのに」

「いやいやいやいや、何故そうなる! 無理無理無理無理!」


 全力で拒否すると、マーサが眉間に皺を寄せながらため息を吐く。


「お嬢様……何が不満なのです? 確かに、可愛いものが大好きなお嬢様からしたら、エバンズ様には可愛さのかけらもありませんけど。アレックス様を見慣れているお嬢様からしたら、エバンズ様は可愛くは無くても、アレックス様とはまた違う美しさがあるでは無いですか」

「マーサ……?」


 何故、そこにアルが出て来るの?と思っていると、マーサは驚き発言を次々とし始める。


「アレックス様を溺愛されているお嬢様を見ていると、マーサは時々不安になります。いざ、アレックス様が結婚となった時、一体お嬢様がどうなってしまうのかと……」


 頬に片手を当てて、ふぅと息を吐くマーサ。


「いやいやいやいや、何を言っているのかな? マーサさんは!?」

「お嬢様、いつかは兄離れしなくてはいけない日が来ます。マーサは、お嬢様に口煩い小姑になって欲しくは無いのです。そのためにも、お嬢様にはエバンズ様のような、大きな懐で包み込んで下さる様な殿方が必要だと思うのですよ」


 どこか困ったように微笑み、私を見つめるマーサ。その瞳は、なぜか私を憐れむような光を宿している。私は慌てて否定の言葉を放った。


「さっきから何を熱弁しているのかなぁ!? そして、何で私がアルを溺愛していて、いつか嫁いびりする事になっているのかなぁ!? いや、確かにアルは大事な兄妹だけども! それは兄妹愛であって、それ以上でも以下でも無いからね?!」

「お嬢様は本当……色んな意味で鈍感過ぎて残念で……まぁ、そこが愛らしい所でもありますけど、焦ったい所でもあります」


 うふふ、と笑いながら、お嬢様に向かって暴言を吐く侍女……。私は、わなわなと震える。何か反論しなければ気が済まない。


「私は鈍感でも残念でも、なぁぁぁい!」

「はいはい、そういう事にしておきましょうねぇ」


 マーサは、はぁっと息を吐きながら、手際よく片付けてを始める。チラッと私を見ると、再びため息をついて左右に首を振り、片付けを再開。


 私は唖然としたままマーサを見つめ、洗おうと思って手にしていたフラスコ片手に「違う、色々違う……絶対に何か勘違いしている……」と呟き慄いていた。

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