第20話 マーサと私
私室へ戻ると早速、侍女のマーサに頼んで動きやすい服に着替えた。
令嬢の服って、何故あんなに動きにくいドレスばかりなのかしら。
「お嬢様、今日は何の実験をなさるのですか?」と、好奇心が顕になった顔をして聞いてくる。
「実験じゃないわ。今日は回復薬を作れるだけ作ろうと思うの。あとは、傷薬も作りたいわね。手伝ってくれる?」
そう言いながら私室から出ると、私のために与えられた「実験室」へ向かう。
マーサは「もちろんです!」と両手で拳を作って頷いた。
侍女のマーサは、私が子供の頃から身の回りの世話をしてくれている。
初めて出会ったのは、私とアルが8歳でマーサが16歳の頃。見習いだった彼女を、私が偉く懐いた事で、私専属の侍女となった。
彼女は元々子爵家出身だったが、没落して侍女見習いとして我が家にやって来た。
オレンジ色の髪に、ちょっと目尻が下がった若葉色の瞳。まだ少女の色が抜けていない、あどけない顔立ちは、とても愛らしい見目だった。
周りが大人ばかりの中、姉が出来た気持ちで嬉しかったのを覚えている。
あの頃、私は「アルにはエドワードお兄様がいるのに、私にはお姉様が居ない!」と、謎の駄々を捏ねた事があった。今では懐かしく思うが、だからこそ、マーサの存在はとても嬉しかったのだ。
マーサは一見おっとりして見えるが、中身はなかなか好奇心旺盛で、私のやる事を嫌な顔一つせず、楽しそうに手伝ってくれる。そういう意味でも私達は馬が合う。
実験室に入るや否や、壁にかけてあったエプロンを着けて、部屋の奥にある棚からビーカーなど道具を取り出す。マーサは薬草の入った棚から、回復薬と傷薬に必要な乾燥した薬草を手際よく取り出していく。それぞれ何をするか言わずとも、各自で動き出す。
「お嬢様、今回の回復薬は、どの様な口当たりになさいますか?」
「そうね、今回は甘味があるより、爽やかな口当たりにしようかしら。何本くらい作れそう? この間、教会の慰問用に作って持って行ったから、材料がそんなに無いかしら?」
そうそう。侯爵令嬢として、領地の教会や病院へ慰問をし、主に子供達用に回復薬や傷薬を役立ててもらっているのだ。定期的に作って持って行っているのだけど、こんな事になると思ってもいなかった為に薬草の乾燥が間に合っていない。
「そうですね……この量なら、三十本ちょっと……作れるか、というところでね」
三十ちょっと。少なく感じる気もするけど、フィンレイ騎士団は大所帯では無いから大丈夫か。
「なら、二十本を柑橘類で爽やかに、残りを甘味で行きましょう」
「かしこまりました」
「薬瓶は、この間まとめて買ったし、大丈夫よね?」
「えぇ、まだ五十本程ありますから足りると思います」
それを聞き、私は一つ頷く。
私の作る回復薬は、味が良いと定評がある。
市販されている回復薬の多くは、甘すぎるか苦すぎるかのどちらかで、どちらも決して美味しくはない。それでも、一口で飲み終えられる量だから、皆我慢して飲むという感じだ。
しかし、私は思う。同じ口にするなら、例え一口であろうと美味しくなければ! と。
研究に研究を重ね、効果はそのままに、口当たりの良い回復薬を作る事に成功した。
販売はしていないが、家族はもちろん、ランドルフ侯爵家に仕えている使用人達や護衛騎士達は試飲済み。最近ではフィンレイ騎士団にも振る舞われていて、市販薬よりも効果も味も抜群に良いと高評価なのだ。
因みに慰問先用には子供用として作っているので、大人用より効果は弱いけど子供達が嫌がらず飲むので助かっていると、神父様からは喜ばれている。
普段なら、時折お喋りしながら作るのだが、今日はのんびりと作っている場合では無いという私の気持ちがマーサに伝わったのか、二人とも黙ったまま黙々と作業をこなした。
日がだいぶ傾き出した頃、回復薬を三十八本と傷薬を十三缶作り終えたのだった。
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