第19話 家族会議


 息を切らせ辿り着くと、丁度エドワードお兄様が玄関へ向かって歩いてくるのが見えた。


「お兄様!」

「アリス! ……レオンも」


 エドワードお兄様は僅かに目を見開いたが、私の手に握られた新聞を目にし、直ぐに深刻な表情を浮かべた。


「お前達にも知れたか……」

「お兄様、どういう事ですの!?」


 私がエドワードお兄様に詰め寄ると、お兄様は私の両肩に手を置いた。


「落ち着け、アリス。とりあえず、こんな所で話せる内容では無いから、中へ入ろう」


 エドワードお兄様は私の背中をそっと押して、邸の中へ入るよう促した。


 お兄様はお父様と約束を取り付けていた様で、すぐに執務室へと向かった。


 お父様は私とレオンを見て、深く息を吐き出すと、一緒に話を聞く事を許可してくれた。


 侍女がテーブルに茶の用意をし部屋を出ると、お父様が部屋に遮音魔法を施すようにと私に言うので、すぐに魔法をかけた。


「まず、お前達二人に先に伝えておく事とすれば、アレックスは逃亡したのでは無いという事だ」


 私とレオンは、黙ったままお父様の顔を見つめる。


「お前達は、魔女の存在について知っていたな。今回の件は、隣国バイルンゼル帝国の魔女が関わっていることだけは分かっている」


 その言葉を聞いて、アレックスとの会話を思い出す。やはり魔女だったのか、と。


「アレックス達は野営陣地に到着した日、魔女と遭遇したそうだ。そして一昨日の深夜。北の砦に魔獣が群れを成して現れた」


 お父様がそこまで言うと、その先をエドワードお兄様が繋いだ。


「私もさっきまで、王命で魔術師団の仲間と共に王宮にある転移門から北の砦へ行っていたんだ。今回は、町の方面の結界は無事だった。だが、明らかに北の砦を狙って破壊の魔法陣が施されていたのを見つけた」

「その陣が、魔女のものだったという事?」

「あぁ、前回と同じ陣だったから、間違いない。そして今回の狙いは、明らかにアレックス自身だったんだ」


 その言葉に、私とレオンはひゅっと息を飲み込んだ。


「お兄様、それはどういう事です? アル自身って、どういうこと?」


 身を乗り出して訊ねる。


「少し落ち着きなさい、アリス」


 お父様がため息混じりに言うと、エドワードに話の続きを促す。


「魔女は初日にフィンレイ騎士団と出会した時、アレックスがランドルフ侯爵家の血筋だという事と、アレックスの青紫の瞳に興味を示していたそうだ。そして、ヒントとして菫青石の宝珠を欲していると伝えたそうだ」

「菫青石の宝珠? それは何ですの? それとアルが、どう関係しますの?」


 その質問にお父様が応えた。


「菫青石の宝珠は、ランドルフ侯爵家にだという事だけは、私も子供の頃に曾祖父様に聴いて知ってはいたが、それが何なのかは分からない。曾祖父様も詳しくは知らなそうだったから、その時には既にもう何十年も前から我が侯爵家に存在していないのだよ」

「文献にも載っていないのですか?」

「侯爵家にある文献は、私も今回の件で読み直したが、どこにもその記述は無かった」


 「あっ……」と、ずっと黙っていたレオンが思い付いた様に口を開いた。


「それなら、俺の祖父さんなら何か分かるかも知れない。祖父さんは少なくてもは生きている……」

「なるほど……レオンのお祖父様なら、確かに何か知っているかも知れないな」と、お父様は何か考える様に顎に手を当て頷いた。


「私も、王宮図書館の魔法書専用書庫の立ち入り許可を得て、探してみます」

「あぁ、そうだな。あそこの書庫なら何か分かるかもしれん」


 王宮図書館の魔法書専用書庫は、持出禁止の書籍が保管されている。この国の古代魔法の歴史や禁忌とされている魔法の記録書などが保管されているため、一般人はもちろん、王宮内に勤めている者でも許可が無ければ立ち入る事は出来ない。もし許可無く入ろうとしても、ドアに特殊な魔法が掛けられているため開ける事すら出来ず、下手すると死に至ることもあると言われている。許可が出ても、必ず入れるとは限らない。許可が出るとドアを開けるための呪文と鍵が渡されるが、強力な魔法のため、それ相応の魔力を有した者でない限り、その身体が耐え切れず開ける事が出来ない。その点、ランドルフ侯爵家の人間の魔力は申し分無く、今まで入れなかった者は居ない。


「では、さっそく」とエドワードお兄様が立ち上がり、颯爽と執務室を後にした。


「俺も祖父さんの所へ行ってくるよ」

「あぁ、レオン、宜しく頼む。そうだ、お祖父様に庭の花を見繕って持って行くといい」

「ありがとう、きっと喜ぶ」


 私達は執務室を出ると、庭へ戻った。レオンのお祖父様に差し上げる花を選び、その花束に私は魔力を込めてレオンに渡す。


 虹色の魔力を纏った花束を手にすると「ありがとう、アリス」と言い花束に顔を近づけ思い切り匂いを嗅ぐ。


「う〜ん、いい香り。俺が食べたくなる」

「ダメ。レオン、気を付けて行ってね」

「大丈夫だよ。じゃあ、ちょっと行ってくる。なるべく早く見つけて、聞いてくる。多分、遅くても二、三日で戻るよ」

「うん。お祖父様にも宜しくお伝えしてね」

「あぁ」


 レオンが指をパチンと弾くと、足元から旋風が現れた。彼の身体を包み込むと、レオンと共に消えた。


 レオンを見送り、「さて!」と声に出して気合を入れる。


 今は、今私が出来る事を。いざという時の為の準備をしようと、私室へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る