第3章 侯爵令嬢、準備をする

第18話 アレックスの行方


 アレックスが旅立ってから五日が過ぎ、夜の帳が下りる頃、脳内にアレックスの声が聞こえてきた。


『アリス、無事に陣地に到着したよ。今日は一日、結界を見て歩いたけど、今のところ綻びは見当たらなかった』

『アル! お疲れ様。身体は大丈夫? ちゃんとご飯食べてる? 少しは休息取れてる?』と聴くと


『大丈夫、ちゃんと食べてるよ。母上みたいな事ばかり聞かないでよ』とアレックスは楽しそうに返した。

『明日から、またしばらく連絡が出来ないと思うけど、心配しないで。そして、約束は守ってね? アリス』

『最近、アレックスさんはしっかり者さんになって来て、お姉さん嬉しい限りですぅ』

『なにそれ? 僕は今までもアリスよりは、しっかり者でしたよぉ』

 

 その言葉に、私はクスリと笑う。


『小さい頃は、いつも私の後ろに隠れて怯えてましたのにぃ』

『あはは。もう子供じゃないんだから! 怯えてないし! ……はぁ。リラックスできたよ。ありがとう、アリス。また連絡する』

『うん。怪我に気を付けてね』

『ありがとう。おやすみアリス』

『おやすみアル』



 私はアレックスとの念話を終えると、ベッドにドサリと倒れ込んだ。


 アレックスの声、どこか緊張した声だった。


 そりゃ、陣地とはいえ安全な場所では無いから警戒は必要だが、それにしても、何かが引っ掛かる気がした。


 考えても仕方ない事を悶々と考え、キリが無いと気が付いてから、私は眠りの世界へ入り込んだ。



♦︎♦︎♦︎



 それから更に一週間と数日経った昼下がり……。


 邸の庭でレオンから見せられた新聞に、呆然とした。


 そんな事、ある筈ない。


 アレックスは、仕事を投げて一人で逃げる様な卑怯者ではない。


 今まで仕事中は、アレックスの邪魔にならない様に向こうから念話が無い限りこちらからする事は無かった。それは、レオンも同じで暗黙の了解だったのだ。


 けれど、今はそんな事をいっている場合では無い。

 私はアレックスへ念話を繰り返し送った。

しかし、返事は一切無い上に、妙な違和感が胸の中を這い回る。


 レオンも何度も念話をしているらしいが、アレックスが寝ている時とは違う感覚なのだとか。私にはそこまで分からず、レオンの話を聴いてゾワリと全身が粟立った。


 アレックスが気を失っているか、または魔力が効かない場所に居るか、はたまた……。


「エドの愛馬の蹄音つまおとがする…」


 耳の良いレオンが正門方面へ顔を向ける。


「この時間に帰ってくるなんて……アルに何かあったのは確かなんだわ……」


 私はエドワードお兄様を捕まえて、詳しい状況を聞かねばと思った。


「レオン、音は今どの辺り?」と聞くと、レオンは遠くを見つめる様にして耳を澄ませる。


「……西の角を曲がった所だから、今すぐ正面玄関へ向かえば出会でくわすんじゃないか?」


「なら急ぎましょう」


 私達が今いる庭から正面玄関まで、走れば三分程で辿り着く。


 私はドレスの裾を持ち上げると、淑女とは思えない速さで走りだした。両親や侍女長辺りに見つかったら卒倒しそうな姿だが、今はそれどころではない。

 私は例え誰に咎められても、振り払って走り切る勢いで正面玄関へと向かった。

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