第13話 菫青石の宝珠(オリバーside)
♦︎♦︎♦︎
俺は、執務室でアレックスが話していた魔女の事を思い出していた。
魔女が去ってから、どのくらい経つだろうか。
魔女がいた辺りを調べたが、何の痕跡も無かった。
アレックスは魔女が立っていた場所を見据えたまま動かずにいる。
ひとまず、他の騎士たちに指示を出し、その場から解散させたが……。
「アル」
背中に向かって声を掛けると、アレックスの拳が強く握られた気がした。ゆっくりとこちらを向き、深く頭を下げる。
「先程は、すみませんでした……」
先程、とは、恐らく魔女を庇った行動についての謝罪だろう。
「あの場合、魔女は大事な証人だ。殺すわけないだろ? そんな判断すら出来なかったのは、何故だ?」
その問いに、アレックスは「すみません」とだけしか答えず俯いた。
「……菫青石の宝珠とは、何か分かるか?」
先程、魔女が言っていた事を訊ねる。
アレックスは小さく首を左右に振ったが、何か思い当たる事があるのか、眉間に皺を寄せながら俺を見上げた。
「……わかりません。ただ、あの魔女は、僕の眼を見て反応したんです。しかも、ランドルフを知っていた。もしかしたら、ランドルフ侯爵家の何かを狙っての事なのかも知れないと……」
「お前自身を狙っている、とか?」
その言葉にアレックスは再び首を左右に振って「わかりません……」と呟いた。
「ただ……僕を見た時、誰かと見間違えた様子でした」
「見間違える?」
「はい。魔女は僕を見て、ルイス、と言いました」
「ルイス? ……ルイスと言ったら、ルイス・ランドルフか? フィンレイ騎士団を創設した、お前の先祖の……」
アレックスは困惑した表情をし「はい」と頷く。
「でも、そんな何百年も昔の人物と間違えますか?」
「まぁ……そうだよな……」
アレックスは視線を再び森へ向けた。
「とりあえず、今日はもう休め。明日はフェリズ山脈へ向かうぞ」
俺より頭ひとつ分ほど背の低いアレックスの形の良い頭を撫でると、ムッとした表情をし「はい」と返事をしつつ俺の手を両手で払い退けた。うん、少し元気が出たな。
その仕草に俺は声を上げて笑い「じゃあな、おやすみ」と言ってその場を離れた。
菫青石の宝珠。
魔女はヒントだと言ったが、これだけでは有っても無くても同じだと思いながら、天幕へ戻った。
☆☆☆
それから五日間経ち、俺達はガブレリア王国の最も北にあるリバーフェリズの森を抜け、フェリズ山脈の麓に陣地を構えた。
フェリズ山脈は半分がガブレリア王国側。もう半分はバイルンゼル帝国側だ。
ドンと聳え立つフェリズ山脈は標高が高く、頂上部分は夏でも薄らと雪が残っている。一年を通して過ごしやすいガブレリア王国だが、このフェリズ地方については若干違う。この地だけは、冬が厳しくバイルンゼル帝国側よりガブレリア王国側の方が積雪量が多いという。
リバーフェリズの森は、その名の通りフェリズ山脈から流れてくる雪解け水が川を作り、それが枝分かれしていて森の中には小川が多くある。この水は、我々ガブレリア国民の生活を支える大切な水でもあるが、水が豊かだという事は人間だけで無く多くの生物の支えでもある。植物も動物も。そして魔獣も。
魔獣の多くはフェリズ山脈に住処があるが、豊かな森へ降りてくるのも当然の事だ。春を迎えたばかりの季節。いつ魔獣に出くわしてもおかしくは無い。
俺達は討伐をしながら、漸くフェリズ山脈の麓へ辿り着いた。
そして、その数時間後。
思いもよらぬ出来事に見舞われるとは、想像だにしていなかった。
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