第12話 アレックスの笑顔(オリバーside)

 

 アレックスという男は、対人間となると急に消極的になる傾向がある。魔獣討伐では容赦なく切り捨てていくが、それも最初から出来ていたわけでは無い。


 魔獣とはいえ、生命を切り捨てる事に胸を痛め、討伐後は一人こっそりと花を手向けに行くのだ。


 しかし対人間との戦いとなると、いつも避けたがる傾向にあり、騎士に向かないのではと何度も思ったことがあった。が、ある戦闘で、それは杞憂であったと気付く。アレックスの中に思考を転換する何かがあるのか、それに触れられると忽ち(たちまち)人が変わった様に冷淡で厳然とした態度で立ち向かうのだ。


 その時のアレックスには誰も近寄れない雰囲気があり、普段の彼との落差が余りにもあるので、最初は扱いに戸惑ったものだ。


 一時は騎士に向いているのかどうか、俺には分からなくなったりもしたが、カーターは向いてると断言するのだから、そうなのだろう。


 どうにか今回の件を避けようとするアレックスを見遣り、俺は言った。


「確かに、魔女はバイルンゼル帝国にしか居ないと言うが、まだあっちの仕業とも分かっていない。今分かっている事は魔獣が出現しているという事実だけだ。魔獣討伐は俺達の仕事であり、やらねばならない事だ。ハルロイド騎士団へ引き継ぐのは早計だ」


 アレックスは小さく「はい」と返事をする。


「それでも、念のためハルロイドの団長には伝えておこう。その方が後々、バイルンゼル帝国であったとなっても、直ぐ動けるだろう」

「アレックス、魔女についてまた何か思い出せば、我々に伝えてくれ。さぁ、エバンズ、そろそろ会議の時間ですよ」


 カーターがパンと手を打ち立ち上がると、アレックスもすかさず立ち上がる。


「お時間頂き、ありがとうございました」と礼をすると、ドアに向かって歩き出した。

「待て、アレックス」


 ドアノブに手を掛けていたアレックスがカーターの声に振り向く。


「これを持っていけ。みんなに見つかるなよ?」


 包紙を差し出され、そっと中を見るアレックスの顔がパァっと明るくなっていく。


「いただいても、良いんですか?」

「あぁ。その代わり、あまり頭を悩ますなよ?」


 アレックスは包紙を大事そうにポケットに仕舞うと、先程の深刻な表情とは一変して、嬉しそうな笑顔で言葉を返した。


「はい! ありがとうございます! では、失礼致します」


 ドアが閉まるのを見て、俺はソファに座ったまま膝に片肘を乗せ、頬杖を着いた姿勢でカーターを見上げた。


「何です? その、恨めしい顔は」


 カーターが振り向きざま、俺の顔を見ながらわざとらくしため息を吐く。


「アレックスに菓子をあげたな」

「えぇ、あげましたとも」

「満面な笑顔を独り占めしたな」

「何です? 団長はアリス嬢がお好きなのでしょう? いつの間に男色の気もあったのですか?」

「違うっ! いや、違くない! いや、違う、そうじゃない! 俺はアリス嬢を妻に娶りたいと思うほど好きだが、アレックスのあの笑顔は、みんなのものだ!」

「アレックスの笑顔は、癒されますからねぇ」

「お前一人で狡い!」

「はいはい、すみませんでした。さぁ、そんな事で泣いてないで行きますよ、会議。魔女話をして来ましょう」


 カーターの言葉に、俺は恨めしい顔で「泣いてなどおらん!」とひと睨みし、頭を切り替える。


「あぁ、そうだな。魔女話、してこようか」

「そうしましょう」



 俺達は書類を手に、執務室を出た。




 アレックスの話を疑っていた訳では無いが、その時は、まさか本当に魔女が相手となるとは思いもしていなかった。

 

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