第10話 アレックスと魔女(アレックスside)
この世界で青紫の瞳は、なかなか居ない。
少なくともこの国では「ランドルフ家一族のみ」と言われている。
ランドルフ侯爵家でも全員がそうではなく、長い歴史の中でも産まれる子供の内、一人だけ。しかも男児に限り青紫の瞳を持って産まれてきた。そして、その子供は間違い無く膨大な魔力を持っている。
しかし、僕等は異例だった。
アリスは女児にも関わらず青紫の瞳を持ち、魔力も僕よりは少ないとはいえ、家族の中では僕の次に多い。
双子その物が忌み嫌われる存在な上、男女の双子である事から「良く無い事が起きる前触れだ」と騒ぎ立てる人間も居た。しかし、双子が青紫の瞳を持っていると知ると、崇める者まで出て来た。
両親は、双子の男女で不吉な存在だと言う周りの声を「ただの迷信だ」と撥ね付け、他の子供と変わらず愛情を持って育ててくれた。
それは使用人達も含め、ランドルフ侯爵家一丸となって、僕等を護り育ててくれたのだ。
僕が九歳の時、神獣を連れ帰ったのを見て、両親は「不吉どころか、幸運を運んできたではないか!」と大喜びし、その噂は瞬く間に国中に広まった。
ランドルフ侯爵家の双子は、神獣と共に幸運を運んでくる、と。
以来、僕等を忌み嫌う態度を示す者はおらず、寧ろ媚びてまでも近付こうとする者が増えたが、両親は軽くあしらって流していた。
「……何者だと聞いている……」
「……まぁ、そうだねぇ。キミの立場から見たら、味方では無い」
「……魔女、なのか?」
「……ふふ。魔女の存在を知っているのか。流石、ランドルフ家の坊やだ」
僕は魔女だと認めた存在に意識を向けつつ、天幕にエバンズ団長を呼びに行ったマーカスさんが戻ってこない事が気になった。
いくらなんでも遅い。
「おや、気付いた様だねぇ……」
魔女の声が少し近くなった。僕は剣に魔力を込め、森の中へと意識を集中する。
「何をした!」
「ただ、時の流れを少し歪めただけさ。別に何もする気はない。今は、ね?」
僕は視線の先に僅かに感じた魔力へ向け、剣を振り下ろした。
風圧と共に、剣に纏わせていた攻撃魔法の光が真っ直ぐに駆け抜けていく。
何本かの木が倒れた音と、鳥達の驚きの声が森に響く。
先程感じた気配の場所から目を離さず見つめると、黒い煙の様な塊が見てとれ、それが人の形に変形していく。
剣を握り直すと、そこに現れたのは一人の女だった。
暗闇と同じ色のウェーブのかかった長い髪、その暗闇に浮かび上がる白い肌、そして最も印象的な真っ赤な瞳と、それと同じくらい真っ赤な唇。黒いローブを身に纏っているが、線は細いとわかる。
「お前の目的は何だ。バイルンゼル帝国の皇帝にでも頼まれて戦争を仕掛けに来たのか?」
魔女は真っ赤な唇の両端をきゅっと上げて笑った。
「キミが私の術に気が付いてから、そう経っていない……。この状況でよく私の術を解いたね……」
僕の後ろでエバンズ団長達が待機してる事に魔女が気が付いたのだ。
先程、魔女に向けて放った攻撃魔法と同時に、一か八かで中和魔術を乗せていた。
放った中和魔術は、アリスが考え出した魔法陣を元に、僕が戦闘中でも使用できる様に改良したものだ。
相手からの攻撃魔法などの威力を軽減させる事が出来るのだが、僕は中和魔術がそこまで得意ではないため、相手の魔力が強ければ強い程、効果はそんなに無い。
だから、あまり期待はせずに放ったが、上手くいったようで、止まっていた時が動き出したのだ。
魔女が左腕をすっと前に差し出す仕草をすると、茂みの向こうから舌打ちが聞こえ、すぐさま「撃て!」とエバンズ団長の声が響いた。
「ッ! 殺してはダメだ!」
僕は叫びながらも素早くしゃがみ込みつつ、剣に防御と拘束の魔術を纏わせ勢いよく薙いだ。
無数の光の矢が魔女へ向かって放たれる。
白く煙る空気を、一陣の風が払っていく。
「お前達、バカだねぇ。話も聞かずに攻撃だなんて……まぁ、私も今は話す気は無いけど」
魔女は先程と何ら変わりなく、その場に腕を組んで立っている。
「因み、今の私はここに実体は無い。攻撃しても魔力の無駄だ」
その言葉に、僕は仲間に分からない程度にホッと息を吐いた。
「それにしても、楽しい時間だった。また会えるのを楽しみにしている」
魔女の姿が消えかけていく……。
「待て! お前の目的は何だ! お前は誰なんだ!」
消える姿に向かって叫ぶと、脳内に響く声が応えた。
「一つだけ教えようか……。私が求めているのは、
魔女の姿が完全に消えると、森の中の空気が変わったのが分かった。微かに感じる生き物達の息遣い。
完全に魔女が居なくなったんだ。
「菫青石の宝珠……」
僕は、魔女が消えた場所を睨み続けていた。
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