第7話 アレックスと私

 

 結果から言えば、ランドルフ侯爵家の転移門を使用した事で早く到着出来たこともあり、北の砦に在中しているハルロイド騎士団の騎士達、そしてエバンズ団長とアレックスにより結界を破って町へ侵入した魔獣は無事討伐された。町にも大きな被害は無く事なきを得た。


 しかし残った問題は大きかった。

 今回、何故、結界が破られたのか。


 侵入した魔獣は通常の状態であれば、魔獣の中でも比較的大人しい部類で、滅多に狂化する事もないとされていた。しかし今回、その魔獣が狂化していおり、侵入したというのだ。


 不審に思った魔術師団がその魔獣を解剖検査したところ、何者かによって狂化させられていた事がわかった。


 それが判明してから、アレックスはほぼ騎士団に詰めており、邸に帰ってくるのは着替えを取り替えるためで、すぐにまた騎士団へと向かう日々を送っていた。


 エドワードお兄様は家庭を持っているので仕事帰りに本邸に顔を見せ、父と少し会話を交わした後、すぐに愛妻の待つ別邸へ帰っていく。

 私はなかなか兄達に会う事が出来ず、お父様も王宮へ向かい不在の日が増え、話を聞く事が出来なかった。


 そんなある日の昼、アレックスが旅支度をしに帰って来たと侍女から聞いたので、私は薬棚から回復薬を数本手に取ると、すぐさまアレックスの部屋へ向かった。


 コンコンコンと叩くと、「どうぞ」と柔らかなアルトの声が聞こえ、私は扉を開けた。


「アル、最近、忙しそうだけど身体は大丈夫?」と、真っ先に体調の事を口にする。


 アレックスは私より我慢強い。隠すのが上手だから、大抵、悪化して倒れた時にやっと周りが気付く。でも、私には誤魔化しは効かない。


「あぁ、大丈夫だよ。ありがとう、アリス」


 アレックスは服を鞄に入れながら、顔だけこちらに向け微笑んだ。目の下に薄ら隈が出ており、けっして大丈夫そうには見えない。


「アル、これ。今すぐ一本飲んで。私が作った回復薬。残りは持って行って」


 アレックスは苦笑いしなが、ゆっくり立ち上がって私の前に来ると、「やっぱりアリスには敵わないな。ありがとう」と言って回復薬を飲んだ。


 私とアレックスは大して身長差がない。ほんの僅かにアレックスが高いけど、目線の高さは対して変わらない。


 アレックスの頭にそっと手を遣り、額を合わせる。こうする事で、私の魔力を少し分ける事が出来る。


 双子だからこそ出来ることだそうだ。

 本来、他人に魔力を分けると相性が悪ければ、双方に不調が現れるのだそうだ。


 アレックスは目を伏せて小さく息を吐く。私は間近でその顔を見つめたまま、魔力をアレックスへ流した。


 暫く経って、ゆっくり瞳を瞬かせ、アレックスが微笑んだ。


「アリス、ありがとう。もう本当に大丈夫。かなり楽になったよ」


 額を離すと、アレックスの言う通り目の下の隈は消え、血色の良い顔色に戻っている。


「うん」


 何も言わずにアレックスを見つめていると、アレックスがゆっくり話を始めた。私が聞きたいと思っているとこを、察したのだ。


「……結界がね、砦以外にも所々、何者かによって破壊されていたんだ。エドワードがその痕跡を辿って……。その先には、この国の多くの人が傷つく様な陣が、隠す様にあったんだ……」

「……」


 アレックスの悲痛の表情に、その様子が如何に酷いものであったか、私にも伝わってくる。


「アリス……何故……何の為に、人は争い傷つけ合うのかな……僕はね、人同士の争いが無い世界にしたいんだ。そう思うのは、偽善だろうか……」

「……そんな事ない。アルの思う世界は、私の願う世界でもあるんだよ」


 アレックスをぎゅっと抱きしめ、私と同じ色と手触りの柔らかな髪の毛を梳く様に撫でる。


「……あの陣を描いた人物は、かなりの魔力を持っていると、エドワードが言ってた。そして、この国では見ない陣だと……」


 その言葉を聞いて、ふと思った事を口にした。


「それって……もしかして、魔女の魔法陣かしら……?」


 私がアレックスから身体を離すと「魔女?」と呟きながら、アレックスが小首を傾げた。


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