三十話 防衛戦 Ⅴ

 槍男がそうなら獣腕もそうだ。股のリモコン爆弾を邪魔そうな目で見つめながら、彼は建物の中で銃撃を凌いでいた。


 場所は商店街の真ん中から少し右にズレた所。度重なるテロリストからの追撃で、槍男達との距離はとっくに離されている。

 ここはどうやら普通の住宅の様で、簡素な家具が必要最低限置かれていた。

 獣腕はその中で窓枠の下に座り反撃の機会を伺っている。

 デイビッドも彼の隣に座っており落ち着いた様子で機を待っていた。

 他の警官達はテーブルを倒したり、カウンターを背にしたりして、鳴り止まない銃撃の餌食にならない様にしていた。

 皆の手にはテロリスト達から鹵獲したライフル、それもかなり実践用の物。

 正面切って戦えば多少の成果は上げれそうな装備を、警察官達はしていたのだ。

 にも関わらず、殆どが憔悴仕切った表情で、こんな事態に巻き込まれた事を後悔している様子。

 一部は死を悟り、少しちびっちまったようだ。

 そんな中デイビッドは獣腕の肩を叩く。

 何だと思い振り向くと、彼は覚悟は言いかと言わんばかりの表情で獣腕の股を指さした。


「合図をかける、そしたらお前は強襲を仕掛けに行け」


 無謀な事をさせる。獣腕は一瞬拒否しようと思ったが股に付けられたアレのせいで、そんな事出来ない。

 彼の表情が少々悟りに至ったその時、発砲音の厚みが減り始めた。好機か。

 デイビッドの方へ振り向くと、彼は頷きながら手刀で首を掻っ切る動作をした。

 それを合図と見た獣腕は勢い良く窓を飛び越えて行った。


 テロリストはデイビッドのいる建物へシールドを半分方位するが如く展開した陣を敷いていた。

 建物は爆進地から程々に離れた所にある為、形がかなり保たれている。

 壊しようにも、スーツケースを巻き込む為、仕方なく内部の人間を殺すしか無かった。

 敷いた陣から三つの部隊が三方から突入を仕掛ける。その時、二階の窓から一人の人物が飛び降りて来た。

 ウルフカットの男、獣腕だ。


「まっ…!」


 前方の突撃部隊の一人が気付き、上を見上げる。その視線の先にいた彼は一瞬怪鳥の如く舞うと、瞬時に体を丸めて回転し始めた。

 それを見た男が言葉に成らぬ言葉を吐きながら、慌ててアサルトライフルの引き金を引いた。他の兵士も同様である。

 だが無駄だ。直後獣腕の丸い体全てに青いバリアが纏わり、青い剛球はテロリスト達が放った雨の如き銃弾を全て弾いていったのだ。


「退避しーーーー」


 突撃部隊の隊長がさも当たり前の事を言う前に、剛球は恐ろしい速さで着地して行く。

 其れに巻き込まれた兵士達は言わずもがなだ。


 局地的に土煙が上がる中、テロリストの対応も早い。何も言わずにライフルの照準を彼に向けると、躊躇無く引き金を引くのだ。

 だが彼の体は青い剛球のままだ。全て弾かれて行く。ここから反撃に移れたら御の字だが、もしバリアを解除すると攻撃に移行する前に銃弾の餌食となるだろう。

 …そこでデイビッド達の出番だ。


「カバーだ!!」


 デイビッドの合図と共に警官数人が窓から一気に顔を出す。照準は全て獣腕へ銃弾を放つテロリストへ向けられていた。

 やはり経験を積んでいるのか、部隊の内の数人が警官達に躊躇無く撃ち抜いてく。対応が早いがそれごときで引かん。

 デイビッドやホセを鼓舞したガタイのいい警官が負けじと引き金を引き続ける事で、テロリストの狙いが獣腕から警官達へ徐々に移っていく。

 其れにより銃撃の厚みが薄くなり…彼に好機が生まれた。


「…!」


 声に成らぬ気合で自身を鼓舞し、丸めていたバリアを流れるが如く四つの円盤に展開していく。

 それと同時に水平に跳躍する様に駆けた獣腕は、円盤を縦横無尽に彼の周りで動かし、テロリストの攻撃を弾いていった。

 豪速球の如く迫る彼に対し、包囲した部隊は壁越しに放たれるグレネードや銃弾全てを獣腕に向けて放ち続けるが、全て円盤に阻まれてしまう。

 お返しとばかりに斬撃が彼等の元へ迫り、前方の壁が盛大に吹き飛んで行った。


 直ぐ様他の部隊がカバーに入る。横にいた部隊の一人が至近距離で彼にライフルの銃弾を当てようとした。

 だがその間に円盤が割って入り阻まれてしまう。が、それは折り込み済みだ。

 他の三人はナイフを取り出すと狼の如く急接近し、首元や腹へと振るった。

 流石の獣腕もかなり近付かれると斬撃を放てない。仕方なく素の接近戦に移行するが、これも強い。

 通常より "長く" "鋭く" 伸びた爪を一人に突き刺しながら、もう片方の手で残り二人の刺突や振り上げ、振り落とし全てに対応して行った。

 二人で総計4手程、次の五手がやって来ようとするが、裏拳で二人の面に当てる事で流れを上手く断ち切る。

 彼等が一瞬動けない中、デイビッドは気が付く間に抜いた爪を大きく薙ぎ、彼等の上半身を横三つに荒々しく切り分けた。

 皮膚、肉、内蔵、骨、全ての断面が砕かれたかの様に雑で粗い。

 だが弾丸を撃ち続けていた残りの一人も、その粗い鋭さの爪に巻き込まれ、その胴を三つ程乱雑に分けられたのだ。

 何とも惨い、凄惨で、野生味溢れる攻撃である。

 他の襲撃部隊はデイビッド達に邪魔をされて攻撃に行けない。


 "勝機が俺達に回り始めたか…?"、窓からこの嬉しい惨状をじっくり見るデイビッドの思考にそれが流れた瞬間、


 不意に魔石から声が聞こえた。


『ーーーー聞こえるか!!』


 悲しきかな、ニューコランバスの警察にはその魔石は四つしか配備されて無い。

 その内の一つはミサイルの被害に巻きこまれ破壊され、もう一つはショーンが所持している。

 そんな訳で声の主はショーンなのだが、彼は魔石越しでも分かる程に喧しく呼びかけていた。 


『聞こえるなら今すぐ逃げてくれ!!速く!!!!』


 彼の声に紛れて何か叫び声が聞こえて来る。初めは微かだが、気が付けば一気に大きくなっていく。

 それがあの聞き馴染みのある金属の唸り声だと気付くのはそう遅く無い。

 デイビッドは "まさか" と言う感情が表情に出ていながらも、微かな可能性に駆けて音の方へ視線を向ける。

 視線の遠く先にいたのは二つの黒い点だ。だが只でさえ五月蝿すぎる唸りがより大きく為る度に、ハッキリとその全容が掴めてきてしまった。

 バイク乗りだ。しかも敵の。

 一人はオーラが迸っており、もう一人は体が一回り膨れ上がっており所々赤い火の様な物が漏れている。

 仮にこの膨れ上がった男を膨張男としよう。

 膨張男の異様な姿がしっかり目に入ったデイビッドは、神経にまで警鐘を鳴らしたのか、仲間へ一斉に逃げるよう手を振って指示した。

 鬼気迫るような動作だ。他の警官も魔石の声が聞こえていたのか、一斉に屋上へと上がり始めた。

 

 その様子を獣腕は背中で感じ取ったのだろう。

 自分も逃げた方が良いのか彼の方へ半ば困惑した表情を向ける。

 だが視線の先ではデイビッドは起爆用のリモコンを持って、彼等の方を勢い良く指していた。

 間違い無く全力で時間を稼げと言ってる。しかも一人でだ、荷が重すぎる。


「……」


 取り敢えず残りのテロリスト共を嬲り殺しにしながら、獣腕は仁王立ちで真っ直ぐに彼等を捉える。

 もう開き直ってバイク乗りの方へ真っ向から対峙する気だ。

 膨張男もそれに応えペダルを更に捻り挙げる。そしてよりスピードを上げたまま、彼は真っ黒なヘルメットのシールドを開けた。

 余りにも醜い、顔中傷だらけで焼け爛れている様相だ。目も血走っており完璧にキマっている。

 そんな彼は深く息を吸い込むと膨れ上がっていた体が、風船の如く更に膨張していった。

 オーラの迸る男は膨張男が何かするのが分かったのか、急激にスピードを落とし始める。

 遂にバイクのメーターが0に振り切ると、彼は足を止めて離れた所から一部始終を見始めた。

 広範囲の攻撃だろうか、獣腕は展開していた円盤を結集させた。結集した円盤は空中で液状化すると物凄い勢いでうねり、遂には一枚の壁に変わった。


 青く大きな壁が彼の前に立つ。配置場所は建物より数十メートル前方だ。


「……!」


 頬まで膨らんだ膨張男がニヤリと笑みを浮かべる。そして、はち切れんばかりに吸い込んだ空気を一気に吐き出した。


 ーー空気で作り上げられた砲弾と言うべきか。


 その立派な10号玉は透明感のある質量を保ったまま、最高速まで突っ走る彼より速く壁へと迫った。

 獣腕が構える。斬撃を放つ気だ。しかし何故だろうか。

 答えは直ぐ様判明する。砲弾を受け止めた壁は一瞬持ち堪えようとするが、たった1秒でものの見事に崩壊したのだ。

 辺りに青い破片が盛大に飛び散って行く。破片は凶器と化し、僅かにいたテロリスト達の一部を貫いていった。

 半透明の砲弾が獣腕の頭をほぼ完璧に捉え急接近して来る。その姿正に疾風迅雷の如し、当たれば彼の体も壁の様に一溜りも無いだろう。

 だが彼は毛むくじゃらな爪を大きく振りかぶったまま、その砲弾をしっっっかりと見合う。

 砲弾との距離は既に50…40…30…あとコンマ数秒で当たるかと思われた瞬間、


 ーーーー獣腕が動いた。


 動きは正にアンダースロー、下から上へ大きく、そしてこれまでにない程力強く振り上げていく。

 これにより生まれた斬撃は、血の如く紅く、濃い。大きさもそれ迄の5倍程だ。


「!!!!」


 余りにも体に来るのか、獣腕から苦しい声が聞こえる。噛みしめる口元から血が漏れ出す。

 紅の斬撃は縦に一直線に飛び、直ぐ様砲弾と衝突した。

 砲弾が二つに割れる。数秒程形を保とうとしたが、我慢できずそれは崩れ落ち、一種の透明な爆風へと変わり始めた。


 轟音、衝撃、大地は揺れ、爆風は残ったテロリスト達や周りの建築物を全て粉々に砕いて行く。


 斬撃は勢いを保ったまま膨張男へと急接近していった。

 どうやら渾身の技を放ったらしく、それを破られた事に彼は驚愕の表情を浮かべていた。

 そのまま斬撃へと真っ直ぐ突っ込んでいき、彼の体は縦2つに粗く分けられて行く。

 そのまま彼の体は空気の抜ける音と共に萎んで行った。

 一連の様子をもう一人の男はジッと見ていた。

 仮の敬称として不動とするが、不動はバイクから降り立つと斬撃へとゆっくり歩き始めた。

 強力な斬撃が迫っていると言うのに何故か不敵に歩みを進める。

 斬撃はそんな事露知らず、ご自慢の紅い体で地面を削り土煙を上げながら彼へ迫っていった。

 距離が百メートルを丁度切った頃だろうか。不動が右拳を左上へと持って行く。

 拳が硬く握られていくに連れて、彼から迸る薄黒いオーラがその右拳に集約し始めて行った。

 オーラが結集して行くことで、拳から異様な気配が漂い始める。だが斬撃は気にせず水を差す勢いで彼の首を縦に狩ろうとした。

 50、20、遂にあと5メートルで彼の体が斬り裂かれようとしたその時ーーーー拳が薙ぎいた。

 なんてこと無い裏拳、しかしその拳は硬く、斬撃の横っ面をしっかりと振り抜いて行く。

 堪らず斬撃はその体を粉々に打ち砕かれ、空気中に霧散して行った。何と言う事だ。


 一方、建物側ではデイビッドは屋上から別の建物へと飛び移ろうとしている。だが突如後方で喧しい音が響き、堪らず後ろに振り向いてしまう。

 その視線の先では衝撃波で局地的に焦土と化した嘗ての建築の姿が見えた。


「」


 無言と言う名の言葉すら吐けない。正に「」、「」がこの惨状に絶望の目を向けるデイビッドの喉元を塞いでいた。

 視線を更に向こうへ移す。そこには縦二つにぶった切られ、風船の如く萎む膨張男と、そいつを切った斬撃を打ち砕いた不動の姿があった。


「ーーー!?」


 "無"を貫いたデイビッドの悲痛な声が響いた。他の仲間もこの光景に驚愕の様子を浮かべており、それは獣腕も同様である。

 彼は額から滝の如き汗を流しながら、毛むくじゃらな爪を不動へと向けた。

 不動はそれに応える様に最初は歩いていたが、徐々に速さを上げていくと獣腕へと急速に迫っていった。

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