三十一話 防衛戦 Ⅵ

 テロリスト側が導入した異能力者達は、各方面で猛威を振るっていた。


――――――


 商店街の南西、屋台の跡が立ち並ぶ所では、警察官達がバギーを二台程運転しながら何かから逃げていてる。しかもその内の一台はバックでだ。

 彼等はアサルトライフルや機銃の照準を一人の兵士に全て向けて撃ち続けていた。

 一見するとバイクを運転している兵士に見えるが、左腕の方に目を向けると枝分かれした肌色の鞭と化している。

 この人物は鞭腕とするが、鞭腕はバイクで彼等に追従しながら、迫ってくる来る銃弾の殆どを鞭を撓らせて弾き飛ばしていた。

 一本一本が命を持った触手の様にしなり、全てが弾く事へ向かれている。

 そのせいか、まるでバギーとの間に透明な壁が出来たような感覚が形成されていた。

 しかし機関銃の弾は流石に無理なのか、弾いた拍子に鞭が粉々にハジけ飛んでいった。


「絶やすな! 絶やすな!」

「撃てオイ! 撃てって!」


 壁が薄れて来ている事に警察官達から希望が籠もった怒号が響き渡る。彼等が引く引き金にもより力が入り始めた。


 だがそれは杞憂に終わる。千切れた部分からまた新しい触手が勢い良く生えてきたのだ。


 飛び生えた触手から培養液の様な物が飛び散った。その一部が彼等の顔にかかった瞬間、警官の表情が一気に白くなった。


「あ、諦めるな! あともう少――――」


 この惨状に見かねて機関銃手が仲間を鼓舞しようとするが、無数の触手がバギーごと薙ぎ払う事で檄は彼方に霧散した。

 残るは一台。乗っていた警察官達は三人ともその表情を白から青変化させていく。

 その中で最も青い表情の運転手は、慌ててアクセルを思いっきり踏み抜いた。

 金属がより唸り上げていく。アサルトライフルによる牽制やバギーの全速力のお陰か、鞭男と彼等の距離は徐々に離れ始めた。

 ……いや、訂正しよう。鞭男が自らスピードを落として距離を離したのだ。そう、自ら。


「「「?」」」

 

 暫くして彼の不可解な行動に気づいた警官達は、自らの表情に疑問符を沸かせる。

 そんな彼等の側面から重く喧しい音が鳴り響いた。

 直ぐ様音の方へ振り向くと、向こうから全身が鋼鉄に染まった男が、バイクをも鋼鉄に変えて迫って来ていた。

 急いで避けようとするが、時すでに遅し。

 彼の鋼の体はバギーの横っ面のど真ん中に勢い良く激突した。

 バギーはサッカーボールの如く、軽々しく転がって行く。途中途中で金属の破片を蒔き散らし、その体は海の藻屑と化していった。

 数秒後、近くの壁にぶつかり急停止するが、その中にいた警察官達の中で原型を留めた者は一人も居なかった。


――――――


 商店街の真ん中辺り、拠点のレストランから距離が遠くない所にある建物の屋上にて警察官達は立ち往生していた。

 テロリストの魔の手は屋上にまで伸びており、既に向こうや後方の屋上にて陣を敷いた兵達に、全方位から銃弾を打ち込まれている。

 だが彼等にも武器はある。使い古されたアサルトライフル、そして周りを囲うように置いてあるバリスティックシールド。

 これらは全て殺したテロリストから拝借した物だ。彼等は敵の武器を逆に利用する事でこの銃撃戦を凌いでいた。


「さっき槍の野郎がホセ抱えてあっち走ってった!」


 弾を弾いたシールドから火花が飛び散る中、屈んで凌いでいた警官が横方向に指で指しながら怒号が挙げた。

 彼の表情は何処か切実だ。今この状況がどうなっているのか一目で分かる程である。


「何か知らせる物は! 助けを呼びたい!」


 三人位の警官がアサルトライフルで牽制する中、他の警官が押収したテロリストの荷物を物色し始めた。

 テロリストは屋上から彼らを狙い撃ちにするのはおろか、地上から突入を仕掛けてくる者もいる為、処理に必死になっている。

 しかも手榴弾まで投げてこようとする者がいる為、一秒経つごとに神経がとんでもない位擦り減ってしまう。


「雪崩だ、雪崩」

「帰りてぇ」


 恐怖を紛らわす為か、どうしょうもない悪態をつき続ける。


「お」


 どうやら見つけたようで、一人の男が小ぶりの信号拳銃を手にしていた。

 彼は直ぐ様上へ放つ。赤い花火が遥か上空に上がる様を見た男達の表情が、幾分か明るくなった気がした。

 だがそれよりも気掛かりな事が起きた。敵の銃声が先程より薄くなって行き、遂には聞こえなくなったのだ。


「……!! 弾尽きたか……!」


 発煙筒を探してた奴はそれがチャンスに思ったのか、撃ってた仲間へチャンスだとばかりに呼び掛けた。

 だが撃っていた本人達の反応が妙だ。彼等は撃つのを辞めて何か困惑してる様子だ。


「どうした?」

「…見てくれ」


 その様子に思わず声を掛けた男に対し、一人が向こうを指差す。

 ゆっくりと覗き込んで見ると、下から襲撃を掛けた部隊が退避し始めていた。


「あとアレ」


 指が上へと指される。その方向にはある一人の男が屋上に佇んでいた。

 バイク乗りの男だが、彼の周りを幾つもの蒼い炎が漂っている。

 まるで霊魂が漂っているようだ。安直だが霊魂男と言う敬称としよう。

 警官達は彼の周りに漂う妖炎を見て、只只どうすればいいか分からないようだ。


「……オイ、撃てよ……撃てって!」


 その様子を見ていた男が急かす様に命令する。彼等は直ぐ様照準を彼に向け、強く引き金を弾いた。

 放たれた弾全てが霊魂男の体へ吸い込まれて行く。このままでは蜂の巣だ。

 だが彼が取った行動は手を上げる事、ただそれだけである。


 それだけで一つの炎が彼の前に立ち、体を大きくして全ての弾を防ぎ、残りの炎が彼等の陣地へと急接近したのだ。


 さながらミサイルのようだ。警官達は撃ち落とそうするが、炎は弾幕を避けて、勢い良く彼等の陣へと着弾した。

 通常とは違う、おどろおどろしい爆炎が上がる。それを見た霊魂男の肩が心做しか笑うように揺れ始めた。

 

――――――


 商店街の北東、拠点にしたレストランから遠く離れた距離の道を、一人の男が走っている。

 所々傷だらけで着ている服が血に染まっている。判別は難しいが、その服装を見るに警察官の一人だろう。

 彼は頭から血が流れ目が混濁した状態でも、自身の武器を握り締めたまま必死に走り続けていた。


「……!?」


 ふと後方で何かが崩れる音がする。彼はその音に気づいた瞬間近くの建物に駆け寄り、身を極限にまで屈んで死んだふりし始めた。


「……フ、……フ」


 体が恐怖で震えるが深い息を吐いて必死に落ち着かせようとする。そんな中彼の耳へ悲鳴が飛び込んで来た。

 後方からだ。聞こえた数から四人だろうか。死んだふりしながら覗き込むと、四人の警官が何かから逃げようとしていた。

 全員が恐怖で足が竦み転げてしまう。彼等は尚も這ってまでその場から逃げようとしたが、耳を劈く音が聞こえた事でその足を止めた。

 音は崩れ落ちた建築物からだ。土煙が舞っており誰がいるのか全く見えない。

 だが音が大きくなるにつれて異様な姿の男が現れて来た。

 慌てた警官達は直ぐ様アサルトライフルの照準を向け、必死に引き金を引く。

 だがそれらは彼の右腕にある巨大な円錐の様な物に弾かれていった。


 ――金属製のそれは言わばドリルだ。こいつはドリル男と言う敬称としよう。


 彼はドリルを警官達へ突き付けた。竜巻を象った様な姿の円錐は初めはゆっくりと、そして速く回り始める。

 火花を散らしながら回るドリルに四人の銃弾は尚も弾かれて行き。

 彼等は遂に逃げる選択肢を取ろうとした。だがそれを彼は許さず一気に迫ると、竜巻の如く回るドリルを彼等へ一気に突いて行った。

 一瞬の出来事だ。警官達の体はひしゃげ、潰れ、見るも無惨な状態と化していく。

 そんな彼等を死んだふりの男は何も助ける気が起きない。只只伏せたまま呼吸を必死に抑えるだけだ。


――――――


 …………時刻は8:15分、地獄はまだ始まったばかりである。

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