二十九話 防衛戦 Ⅳ

 テロリスト達は商店街のありとあらゆる所に部隊を展開させ、殲滅作戦を実行している真っ最中である。

 その内の一つの部隊が二台の装甲車で走っていく所を、ショーン達は屋上の上から息を潜めて眺めていた。

 ふとショーンが後方の足元へ視線を向けると、既に事切れた4人のテロリスト達がいる……全てショーンとリコが殺した者だ。

 リコとキーラは彼等の体を漁り、アサルトライフルや弾倉、そして手榴弾等を装備していた。

 ショーンも同様であり、最初から持っていたライフルはその性能の低さから見切りを付け、既に床に打ち捨てている。


『こちらニ軍第一隊、敵の大部隊と交戦中だが目当てのケースを持っているのが確認された』

『三軍第一隊第四班だ、こちらも敵と交戦中だがそいつらもケースを持っているぞ、どう言う事だ』

『知るか、全員殺せばいいだろ』

『そうは言っても俺達の戦力が削られている……』


 ショーンは隊長から奪った魔石で交信を聞き続けている。どうやら偽物やゲリラ戦の効果がで始めている様だ。


『三軍第ニ隊第一班、こちらも状況はどう――』


 直ぐ様魔石の交信を絶ち遥か彼方へ投げ捨てる。彼等の方へテロリストが話しかけて来たからだ。


「それいるんじゃないですカ?」


 彼が投げる様子を見ていたリコが質問する。確かに情報を共有する上ではかなり必要な代物な物だ。

 交信を強制的に断つならまだしも、何故投げ捨てるのか疑問に思うのはご尤もだった。


「テロリストの魔石はどれも位置情報が分かる魔法が追加されていた、バレたらテロリスト全員が俺達を襲っちまう」


 そうきっぱりと言い放つショーンの青色の目は少々蛍光色に光っている。

 彼は流れる様に双眼鏡を取り出すと、遠くの方で上がり始めた爆炎の方へ向けそれを当てた。


「……そう言えバ貴方魔法使えましたネ」

「あぁ、まあ探査系とかのみみっちい奴しか使えんが」

 

 蛍光色の光が失われる。彼は双眼鏡を当てた目でジッと爆炎の方を覗き込んだ。

 詳しい全貌が捉えられず、目盛りを回すと、仲間の警察官達が建物からテロリストを攻撃してるのが見え始めた。


 崩れ落ちた窓枠、そこから身を少し出した警察官は、地上からのテロリスト共へ手榴弾を投げ込む。

 陣形をとって引き金を引く彼等は、直ぐ様気付くと散り散りに逃げ去って行った。

 直後煙と共に金属片が勢い良く撒かれるが、それらがテロリストに当たる事は無い。

 だが散って彼等の内、建物の近くにいた兵士は何の行動も起こせず銃弾の餌食となった。


 ……どうやら一人づつじっくりと刈り取って行く戦法らしい。


 他にも一人二人撃ち殺した所で、何を思ったのか屋上へと上がっていった。

 下を見るとテロリストが建物の方へなだれ込んでいるのが見えた。

 削ったとは言え未だ数的に不利だ、逃げるしか無いと判断したのだろう。

 屋上から別の建物に飛び移ろうとした瞬間……突如警官達が足を止める。


 ――彼等の視線の先で別の部隊が、向こうから建物の屋上を駆けてやって来たのだ。


 直ぐ様警官達はライフルを構えるが、その時点で既に彼等の体を敵兵の銃弾が貫いていった。

 彼反応を示す間もなく地に伏す所を確認した所で、ショーンは双眼鏡をゆっくりと外した。

 彼に取ってそれは想定内の事態。が、自身の戦力が減っていくと言うのは心に来るものだ。

 彼の肩は心無しか除々に、ゆっくりと、そして重く落ちて行った。


「ネエ」


 途端、後方からキーラの声が彼の耳に飛び込む。声色は良く聞いて見ると震えており、隠し切れない程怯えている様子だ。

 振り向くと、彼女はリコと共に敵がいないか確認するべく辺りを見回している。

 どこもかしこも常に銃声が鳴り響く為、キーラの表情は何処か強張っていた。


「コレ……持ツノ?」


 絞り出した様な質問だ。おそらくショーンの後ろ姿から全てを感じ取ってしまったのだろう。


「持つさ、現に敵の戦力は削れてる」


 彼女のそんな表情や声をを見聞きした瞬間、ショーンは一瞬で、表情や雰囲気を取り繕い始める。

 だがそれも最大限の虚勢としか、彼女は思えなかった。

 リコも何か言って場を明るくしようとするが、何も思いつかず場が沈黙に包まれてしまう。


「別の場所に行こう」

 

 ショーンは重苦しい雰囲気を背負ったまま低い姿勢へと立ち上がった。

 他の二人も静かに立ち上がり、このまま沈黙が場を支配したまま時間が続くかと思われた瞬間、


 ――今までよりも喧しい唸りが聞こえた。


 何だと思いショーンが屋上から顔を覗かせると、向こうから三台のバギーが瓦礫と土煙だらけの街を爆走しているのが見えた。

 真っ直ぐ走って行くバギーだが、そんな彼等の後方から九台程バイクが縫って、前方へ躍り出て来る。

 皆が皆、かつての第二班の様な異様な空気を纏っている……不味い予感がショーンの思考の中で走った。

 予感は当たり、不意に殆どのバイク乗りが何か動作を始めた。

 天へと突き上げる手、横に突き出す手、勢いの良いフィンガースナップ、貫く不動。

 一人が一人が多種多様だが、どれも全て畏怖や恐怖の様な物が感じ取れる。

 瞬間、変化が起こった。


 ――突き上げた手へと金属片が纏わりつき、


 ――突き出した手が枝分かれし十数本の鞭と化し、


 ――指のなる音と共に周りに浮遊する炎が漂い始め、


 ――不動を貫く者の体からオーラが迸る。


 九人全てが違う者へと変化し。異様な雰囲気を更に強固な物としたのだ。


 バイク乗り達は三つの部隊に展開していく、両翼はそれぞれ三人、後方へ一人、残りの二人は前方にてスピードを上げ始める。

 二人の内の一人は不動を貫いた野郎だ。

 両翼がバギーと共に左右に動いていく中、二人の部隊はエンジンを更に唸らせて真っ直ぐ突っ込み始めた。

 狙いはハッキリと分かる。現在大量のテロリストを前に奮闘するデイビッド達だ。


「……不味い」


 ショーンの表情が一気に絶望一色に塗りたくられて行った。


――――――

 

 槍男の股にはリモコン爆弾が取り付けられている。もし敵軍に戻ろうとしたり、無闇に取り外しそうとすると爆破する算段だ。

 まあ彼の技量なら爆破させずに寝がえる事も造作もないだろう。

 しかし彼はその時のリターンがどうなるかを考えると恐ろしく、裏切る勇気は彼の中には存在しなかった。


 そんな彼は現在、テロリストと対峙するデイビッドの部隊へと駆け戻ろうとしていた。

 が、テロリストは奴をのうのうと生かす筈もない。

 戦力を削られた報復、そして裏切った事による恨みから、全力で潰しに掛かっていた。


 眼前の敵兵総勢20名、方やバリスティックシールドの裏、方や両サイドの建物の二階の窓へ展開し、半径180°様々な所から銃弾の雨を彼に浴びせていた。

 通常の人間なら一溜りも無いだろうが、槍男には無駄である。

 彼は槍を縦横無尽に振り回す事で殆どの銃弾を弾いて行ったのだ。

 そりゃそうだ、12.7mm口径のクッソ重い銃弾に比べれば、アサルトライフルの弾なんぞ軽い軽い、軽すぎる。

 ……まあ弾けるだけで反撃に転じる事は出来ないが、そこはホセの出番だ。

 彼は槍男が作り出した領域にうつ伏せになりながら、ご自慢のマシンガンの火を吹かせ始めた。

 彼の思考はあの右足を奪った恨みに染められており、それによって狙いが研ぎ澄まされている。

 バギーを粉々にした威力の弾だ。前方に配置された壁はその衝撃に火花を大きく散らしながら何発か耐える。

 が、それ以降は耐えられず呆気なく突破されてしまった。

 喧しく甲高い音と共に、ホセの銃弾は金属の壁とテロリストの体を貫くどころか、大きな穴まで開けて行った。

 前方に戦力が集中していたのか雨の濃度が薄まる。それによって反撃する余裕が生まれたのか、槍男の領域から風の斬撃が生まれた。

 斬撃は二つ、両サイドへと勢い良く飛んでいき、建物から撃ち続けていた部隊はことごとく吹き飛ばされて行った。


 勢い良く煙が上がる。これで終わりかと思われたが、後方ではもう一つの部隊が即座に陣形を敷き終わっていた。

 彼等はシールドから身を出すと同時に今度はグレネードを四発放ってきた。

 ホセがうつ伏せから仰向けへと体制を変えると、今度は後方へと銃弾を放つが、また部隊を火花を散らしながら挽き肉にするだけで、グレネードに掠りもしない。

 銃弾の雨を掻い潜って来たグレネード弾達に対し、槍男は自慢の槍を構えると大きく横に薙ぎいた。

 すると斬撃とはまだ違う半透明の壁の様な衝撃波が生まれる。

 全てのグレネード弾は壁に当たった瞬間微塵切りの如く割れていき。そのまま爆ぜていった。

 極彩色の玉が四つ現れ、暫くしない内に消える……もうここから第三勢力が現れることは無いだろう。嫌、現れて欲しくない。

 彼はホセを肩に後ろ向きに抱えると、デイビッドの元へ合流しに行こうと歩き始める。


 ――――その瞬間、右側面の方から轟音が連続して響き渡り、12.7mm口径の弾の雨が建物を貫通し槍男へ襲い掛かった。


 バギーが建物を挟んで機関銃を撃っているのだろう。畜生め。

 彼はこれにウンザリとした表情と共に血相を変え、ホセを抱えたまま大急ぎで走り始めた。

 バギーの機銃手もそれは折込済みなのか、弾の雨は彼を追って行く。

 さながら追いかけごっこだが、これは遊びでも何でも無く捕まったら死ぬ命のやり取りである。

 その証拠に機関銃に巻き込まれた建築物が大きく爆ぜ、崩れ落ちて行っている。こんなの喰らったら一溜りも無い。

 槍男の足はそよ風から青嵐、青嵐から疾風へとその速さをあっという間に上げていった。

 そんな彼に追撃を掛けようと、反対側の建物から別の部隊がライフルの弾を浴びせに来た。

 右からは機関銃、左斜め上からはアサルトライフル、前門だ後門だと例える暇なんぞ彼に無い。

 彼の後方でやたらデカい土煙が横に勢い良く上がっていき、足元もライフルの銃弾によって所々弾け飛んでいく。

 その着弾地点が機関銃を抜き去って、槍男に追いつこうとしていた。

 ホセはそんな彼の手助けになりたいと、抱えられたままマシンガンを構える。

 幸い彼の頭が後ろに来るように抱えられている。テロリストへ照準向ける事なんぞ造作も無い。

 だが彼は抱えられているだけで踏ん張りどころが無い。

 そのせいで引き金を弾いた瞬間、彼のマシンガンは大きくブレ、四方八方に弾が飛び散って行った。

 テロリストがいる建物の汎ゆる所が弾け飛んでいく。だが一部が屋上へ迫った為、彼等が一瞬だけ怯んでしまった。


 好機だ。


 槍男の脳裏にそれが浮かんだ瞬間、彼は盛大にUターンするが如く右に大きく曲がり始める。

 逃さんと計りに屋上の部隊も形成を立て直そうとするが、ついでと計りに繰り出される斬撃二撃によって吹っ飛んでいった。

 ホセがそれを見届ける中、死にもの狂いでターンする槍男は建物を突き破って入っていった。

 機関銃もそれを追う。入った先はパン屋で棚に均等に藁の籠が置いてあり、そこに中途半端な量のパンが置かれている。カウンターも質素な出来だ。

 それら全てが12.7mm口径の重苦しい弾の餌食となり、盛大に弾け飛んで行く。

 槍男は惨い光景に目も向けず、カウンターを超え、厨房を超え、裏口のドアを吹き飛ばして、遂にはバキーが通る道へと侵入して行った。

 見える見える、たまげた運転手と機関銃手の表情が。機関銃手は慌てて向けようとする照準を早くするが、それよりも速く斬撃がバキーへと襲い掛かって行った。


 大きく爆ぜていく。まるで親玉でも吹き飛んだかの様な。だがこれは子分…それも下っ端の爆破だ。こんな敵まだ大勢いる。

 槍男は引き攣った表情のまま、肩で大きく息をし始めた。ホセも同様だ。

 彼はホセをゆっくりと下ろすと、まだ大丈夫な建物へ歩き、壁に背をつけて腰を下ろした。

 


「……置いてくんじゃねえよ」


 その場に捨てられていたホセも、やるせない表情で彼の元へ寄る。

 束の間の休息だ。彼等は壁に背をつけたまま、ゆっくり休み始めた。

 もう連続して命のやり取りが続いたせいか、彼等はもう何にもしたくない思いでいっぱいだ。

 現に彼等は目を閉じて上を見上げる事で、すべての思考を閉ざそうとしている。

 それもその内の一因なのだろう。


 これまでより不穏で喧しい金属の唸り声が聞こえても、彼等は聞く素振りを全く見せなかった。

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