四話 頼み
数分後、酒場の外で髭面が救急車に乗せられて運ばれるのをジャック達は見ていた。
髭面はレトロチックな救急車に、担架に乗せられ運ばれていた。
それを見送りながら、ショーンはすましたような顔で、ジャックの肩を小突いた。
「あの弾どこで知った」
「……」
沈黙を貫くジャックへ、ショーンは眉をひそながら彼を見つめる。
酒場の外は静かなものの、数少ない通行人が、彼らを野次馬のように見つめていた。
「特殊な部隊でしか使われねえ弾丸らしいな」
ジャックが何も言わない中、ショーンは喋るのを辞めない。
「俺も一応軍隊にいた時に聞いたこともあるし、テレビでもたまに紹介されてたがなぁ」
彼の目線が刺さるが、眉一つも動かさず只々前方を見つめるジャックに、ショーンは穏やかな声色で語りかける。
「それでも実物はあんま見たことねえ、初めて見た時はびっくりしたよ」
ショーンは救急車へ視線を向ける。そこには青白い顔の髭面が、救急車で苦しそうに唸っていた。
「お前見た瞬間気付いたじゃねえかよ、テレビ見ねえ癖に」
「……図書館で知った、ただそれだけだ」
「図書館ってお前……もっとマシな噓つけねえのかよ、それで本当はなんだ」
「……」
尚も無口を貫くジャックに、ショーンは「おい」と言って、先程よりも少し強く小突いた。
ジャックは何も言わず、ただ何とも言えない表情でショーンへ振り向いた。
そして数秒も立たずに、また前へと向き直した。前方では救急車がサイレンを鳴らし、ゆっくりと動き出した。
「すまんが言いたくない」
「何で――」
ジャックは尚も聞こうとするショーンへ、またゆっくりと振り向いた。
少し悲しげな表情だが……何か、形容し辛い圧のようなものを感じた。
「すまん」
救急車のサイレンが遠ざかる中、ショーンは彼の表情を見て話すのを辞めた。
「……そうかい」
彼は諦めのついた表情を浮かべ、向こうへと帰り始めた。暫くして彼の姿は闇の中へ消えた。
ジャックは尚も向こうで静かに喋り続ける野次馬の方へ顔を向ける。
真顔ではあるものの、圧を放つ彼に対し野次馬は堰を切ったように散会した。皆、彼の圧に震えている様子であった。
さて、一人だけになった街道でジャックは、通りかかったタクシーを呼び止めた。
――――――
相変わらず繫華街は色んな意味で賑わっていた。
ギラついたネオンの光、使われ続けた娼婦、壁にへばりつく血。
落書きだらけのパン屋、ゴミ箱の中で燃え続ける火、自警団に囲まれ、警棒でタコ殴りにあう魚人の男……無実の罪を着せられたのだろう。
様々な光景を窓越しにジッと見つめるジャックは、何処か呆けた表情のままだ。
どんな光景がジャックの前に現れても、左から右にスライドして来ても、全くなびかないのだ。
物思いにふけてるわけでも無い、只々呆けている……まるで何も考えたくないかの如く。
そんな中、目の前に、何の変哲もない雑貨屋が映り出した瞬間――彼の表情が僅かに動いた。
雑貨屋の中で覆面の男が、店主に向かって銃を撃ち続けていたのだ。
レジの後ろの棚を血で濡らし、後ろへ倒れていく店主を尻目に、大慌てでレジから金品を取り出す強盗。
彼は金品を袋に入れながらも、既に事切れているそれを何回も見て確認している。
そんな光景が一瞬だけ流れていくのを……ジャックはジッと興味深そうに見つめていた。
そしてその画が遠のいて行くと、ジャックは腑抜けた顔へと戻っていった。
――――――
タクシーは町はずれの大きな川のほとりへ止まる。金を払いタクシーから出ると、ジャックは川の横に沿った土だらけの大地へ向かう。
暫く歩くとポツンとトレーラーハウスが建っているのが見えた。
どうやら彼の自宅の様で、ドアの前に彼の顔写真が貼ってあった。
「……」
彼はそれを何とも言えない目で見つめ、そして錆びついたドアノブを力無く回した。
家の中は狭く、ある程度の生活用具がそろっている。年季が入っているが、大分使える状態だ。
照明を着けても薄暗いが、無いよりはマシといった感じである。
ジャックはその内の一つ色褪せたベッドに向かい、体を委ねるように座り込む。
そのまま家中を見回すと、眩しい程に光るテレビが目についた。
テレビは入る前からついていて、戦争もののドラマが流れている。
内容はよくあるプロパガンダもので、現実とは違う銃声音が何度もなり響いていた。
それを視線に入れた瞬間、朧気ながらもあの雑貨屋の記憶が浮かび始めた。
銃を撃つ強盗の姿、焦りの表情で撃つ強盗、見開かれる目。
あの目…………そうあの日、あの時は敵味方が全員死んでいった……。
敵の中には民間人だった人々も含まれており、強制的に防衛戦に参加させられていた。
彼等はつい最近徴兵されたばかりだ。技術も忍耐力も無い。
それでも死に対する恐怖心だけで、必死に撃ち続けていた。
彼等の目はあの強盗と同じ目をして、「死にたくない」と叫び続けた。
にも拘らず、銃を彼等の頭へと突き立て――――。
「…………!!」
ジャックはベッドの横と壁の隙間へ転がりこむと、躊躇無く吐しゃ物を吐く。
一通り吐き切ると、ベッドの前方へと転がり落ちて、這いずる様に棚へと必死に向かっていく。
棚の中には何も入ってない。ジャックは開いてる棚へと手を掛け、力一杯その体を立たせた。
そして一番上の部分にポツンと乗ってあるペンダントと、一枚の紙を取った。
ペンダントはジャックが夢で見た物と酷似している。
よく見れば握りこまれた手の甲に、ローマ字でスティールと言う名が刻まれていた。
彼はそれを息絶え絶えになりながら手に取り、固く握りしめた。
そしてジャックはもう一方の紙――――ある精神病院のチラシを憔悴しきった顔で見つめた。
書かれている値段は余りにも高く、一生分のお金でも払う事が出来ない程だ。
だがそこにとある文が書かれている。
"記憶操作"
興味深い文言だ。ジャックはそれをじっくりと見て、そしてやるせない表情でそれを棚に丁寧に置いた。
……テレビの銃声はまだなり続けていた。
――――――
ジャックは少し気分を変えようと、酒瓶を持ってドアを開ける。
河辺は何もなくただただ殺風景である。地面の草も少し生えてあるだけで、本当に何もない。
彼はその地に座り込み、抱えていた酒を地面にそっと置くと、そよ風に吹かれ始めた。
心地よい風が彼の心を落ち着かせる。彼は息を整え終えたのか辺りを見回し始めた。
……向こうから、誰かがやってくるのに気付いた。
チェック柄の半袖を着た、四十半ばの男だ。
腹に銃で撃たれた跡があり、血が止め処なく溢れ出ている。
彼は左足を引きずり、満身創痍の状態だ、今にも死にそうなくらいに。
にも関わらず、彼は希望を持った表情のまま、這う這うの体に鞭打ち、必死にジャックの元へ、確実に、確実に近づく。
そんな彼の手には、アタッシュケースが固く握りしめられていた。
男の息遣いがどんどん近づいていく中、ジャックは不審な目をしながら酒を飲もうとする。
そんな彼へ向けて、男は血反吐を吐きながら口を開いた。
「19601018番」
その謎めいた番号を聞いた瞬間……ジャックの体が急に動きを止めた。
目を少し見開いたまま、一点を見つめたままの彼に対し、男は喋るのをやめなかった。
「元ワシントン隊所属……ジャック・カミンスキーであっているな」
ジャックは咄嗟に酒瓶をたたき割り、ナイフのように割れた瓶を男へ向けた。
そんな事も気にせず、男はポケットからバッジを取り出し、彼の方へ放り投げた。
ジャックは瓶の切っ先を向けたまま、ノールックで放り込まれたバッジを、左手で取る。
バッジは鷹をかたどっていて、下あたりに英語とはまた違う文字で何か書かれている。
男はバッジを投げた後、糸が切れたようにゆっくりと倒れた。
ジャックは瓶を向けたままゆっくりと歩み寄り、彼の前で再びバッジを見た。
「国際情報連盟イーグルの者だ……情報機関だ、知ってるだろう……おりいって…………頼みがある」
男は持っていたアタッシュケースを、倒れたままジャックに手渡す。
そしてポケットから結構な量の札束と小さなメモを取り出し、彼の元へ放り投げた。
「……二日間このケースを誰にも渡すな、これは前金だ」
男の行動にジャックはまだ不審に思っている。彼はケースを脇に抱え、未だに物色するような目で見ていた。
「二日経てば……これの三倍の報酬を渡しておく……」
男は仰向けに寝転がった、彼の目は濁りきっていて、息も小さく、いつ死んでもおかしくない状況だ。
「なぜ俺を頼る」
「私が死んだら……衣類諸共埋めてくれ………痕跡を……けㇲ………」
ジャックの疑問を無視した男は、全てを伝えたのか、悔いのない表情で空を見上げている。
ジャックは酒瓶の側面で、男の頬を二回程優しくくと、男の頭は、瓶の衝撃に呼応しゆっくりと倒れた。
彼はもう既にこと切れていた。
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