三話 打ち上げ Ⅰ
全ての魚人が地に付した所で、物陰や魚人の死体に隠れた二人が姿を現す。
エルフはピンピンしているが、髭面は肩に銃弾を受けたようで血がとめどなく流れていた。
エルフの男は心配そうに見つめたが、髭面が「大丈夫」と伝える。
そしてその場で倒れた魚人の死体へと寄りそいつが着てる服を破り始めた。二人はそんな彼を尻目に奥の扉へと進んだ。
……扉の向こうは廊下の様な部屋らしく、奥へと長い一本道が続いている。
だが通常の廊下より少々横に広く、薄暗く、そして両端に牢屋が備え付けられていた。
その中にはゴブリン、コボルド問わず、多種多様な人種の女性が詰め込まれている。
ほとんどが数日間ここにいたのか着ていた衣類は汚れている。
顔は端正で瘦せこけていないが、余り栄養は取れてなさそうだ。
その中で一人、飴色のボブカットの美女だけが汚れていなかった。
エルフの男が前みたいに側頭部に指を当てると、彼の指と彼女が首に掛けていたネックレスが黄緑色に鈍く光った。
「キーラ……?」
エルフの男がそう呼びかけると、ボブカットの美女……キーラは声のする方へ向いて眩い笑顔を彼に見せつけた。
「ショーン!?」
呼びかけられたエルフの男……ショーンは朗らかな笑顔で、キーラのいる牢屋の扉へ近づいた。一見すると、おとぎ話で見かけそうな場面だ。
だが彼が素早く銃を抜き、扉に掛かっていた南京錠を撃ち抜く場面は絶対にないだろう。
突然鳴り響いた轟音に女達は盛大な悲鳴を上げ始める。
喧しい金切り声を挙げる彼女等に対し、キーラは眩い笑顔のまま、豊満な体を広げショーンを迎え入れた。
「
「ハッハッハ!
突然の外来語に、悲鳴を上げる女達は別の驚きで叫ぶのを辞めると彼等をまじまじと見つめた。
その間もショーンはキーラと甘いひと時を過ごしていた。
ジャックは彼の代わりに銃を取り出し、他の牢屋の南京錠を打ち抜いた。
幸い、ジャックの銃には安値のサイレンサーが付いていた為、音は先程よりも少し抑えられていた。
女達は悲鳴は上げないが、体をビクビクさせている。そんな中でも、ショーンとキーラの会話は終わらない。
「キーラ」
「
「ここの世界の言葉を学んだんじゃないのか?」
「…忘テタ」
ショーンのその問いかけにキーラは顔をほのかに赤面さて訛りの入った拙い返しをする。
そそくさと出ていく女達を見届けるジャックをよそに、永遠に終わらない空間がそこにはあった。
「行ったぞ」
空間は崩れた。ジャックの一言で、ショーンは何事もなかったかのようにキーラから離れた。
彼は「ok」と一言だけ残すと、すぐさま薄暗い部屋を後にする。
キーラは永遠の時間を壊したジャックを、一瞬冷たい目で見るとショーンの元へついていった。
酒場ではショーンや髭面の他にも、数人位見ない奴らがいた。
人間やゴブリン、コボルドに魚人と人種は様々だ。
しかし、全員が共通してグレーで無地の制服を着慣らし、胸元に手錠をあしらったバッジをつけていた。彼等はこの街の警察官である。
「お疲れ様です」
銃弾を取り出したのか、肩を布で巻いた髭面はピンピンしていた。
彼は飄々とした雰囲気を完全に隠し、直立不動の姿勢からお辞儀をしていた。
彼等の内の一人である中年のゴブリンの男は、辺りを見回している。
そして髭面の前に向き合うと、指で何かを手招きした。
「ショーン、あの紙あるよな」
「へい」
ショーンはポケットから少し使い古された紙を取り出し、ゴブリンへ手渡す。
男は渡された紙を広げると疲れた目で注意深く読み始めた。
彼は一言一句確かめる為か、ブツブツと声を出しながら読み進めている。
そんな中、奥の部屋からジャックが音も無く現れた。
彼は先程負った刺し傷からまだ血が流れている。そのケガを見て警察官数人が心配そうに見ていた。
「あ、やっべ忘れてた」
ショーンはバツの悪そうな顔で近くに落ちてたハンカチを拾う。
そしてジャックの元へ走りながら、謝罪の言葉を述べていた。
少々凄惨な事態が起こっていたが、そんな事も気にせず彼は書類を髭面へと返した。
「さっき銃の音がしたはずだけど」
ゴブリンがさっきの音について言及すると、髭面の顔が急にこわばり始めた。
そして目を色んな所に泳がせた後、重い口を開いた。
「あ、あれは多分鉄パイプで南京錠をぶっ壊した時になった音です、あいつら強引にやるもんなんで」
「はあ」
かなりバレそうな噓ではある。だが適当に業務をこなしていたゴブリンは、さほど気にしていない様子だった。
傷にハンカチを巻くショーンを恨みの目で睨んだ髭面は、返された書類へと視線を向けた。
強行捜査許可証
そう書かれた大きな見出しの文体はかなり固い。
後に最もらしい文章が長々と書かれ、最後に「ニューコランバス市・行政委員会」と言う名前が入った紙を、髭面は丁寧に折りたたんでいった。
――――――
「……報酬こんだけすか?」
「しかたねえよ、あいつら人身売買の下請けの下請けの下請けだったもん」
酒場へのカチコミが一通り終わった後、ジャック達は先程とは違う酒場で酒を飲んでいた。
会話の内容は仕事についてである。屍だらけの薄暗い酒場と違いかなり広く明るい所だ。
周りは酔っぱらいやティーンエイジャー共の五月蠅い声が鳴り響いていた。
ジャックは刺し傷に巻かれた包帯を触りながら、時間をつぶしている。
二人の会話は右から左に流す程度で余り聞いてない。
「まあ今月は結構稼げましたよ? でも折角目玉として取って、彼女を囮にする程リスクを負ったカチコミが、これじゃあ……ねぇ?」
「うるせえな、首にするぞ」
向こうでガラスの割れる音が響き、何やら男同士で揉め事が起こり始める。
だがそんな事も気にせず、ショーンと髭面は愚痴を言いあった。
ジャックは机に置いてあるビールを少し飲むと、分けられた報酬を確認した。
288ダル、違う世界の円換算だと4万程度である。
「まあ旅行には使えそうだがな」
髭面がそう漏らすように言うと、ショーンは「ハッ……」と呆れたかのように笑った。
ジャックは話を聞くのに直ぐに飽きたのか、机の上に置いてあったビールを飲み始めた。
彼の眼には、哀愁を感じる程に輝きのない目をしていた。
「いけても精々地方の旅行で精一杯ですよ?悪くもねえけど良くもない……」
「じゃあてめえ何処行きてえんだよ」
髭面が撃たれた肩をさすりながら聞くと、ショーンは「待ってました」と言わんばかりの、にやけ顔になった。
「ラスベガス」
「……別の世界の観光名所じゃねえかよ」
彼の回答に、髭面は呆れた表情を浮かべていた。その表情を見てショーンはにやけると、ビールを一気に飲み込んだ。
そして赤い顔で、髭面の撃たれた肩を強く握った。
その瞬間、髭面は「ヴッ」と苦しむ声を挙げると、ショーンの手を強く払いのけた。
彼は厳しそうな表情をしていた。
「どうしたんです?」
「なんでもねえよ」
彼の突然の行動に、ショーンは一瞬戸惑ったが、「そうですか」と言いながら服を脱がせにかかった。
その様子をジャックは何も言わず、ビールを飲みながら見つめていた。
「おいまて」
髭面の必死の訴えも虚しく、ショーンは彼の服を脱がすと、その下に巻いてあった布を勢い良く破いた。
巻いてあった肩は、尋常じゃない位赤々しく腫れていた。
「何撃たれたんです」
「何って銃弾にきまってんだろ」
「普通の銃弾じゃここまで真っ赤っ赤に腫れんですよ」
腫れた傷は、所々紫色に熟している。そして何故か命を持つかの様に、膨らんだり縮んだりしていた。
ビールを飲み干したジャックは、その傷に見覚えがあるらしく、髭面の銃創をジッと見つめた。
「どうした?」
目を凝らして傷口を見続けるジャックに、髭面が反応すると、ジャックははした金をショーンに手渡した。
「今すぐ病院に連絡しろ」
そう言って指さした先には公衆電話が壁に備え付けてある。
ショーンは一瞬どういう事か分からなかった。
だがその生き生きとした傷口を見て、何か思い出したようだ。
そこそこ切羽詰まった表情で、急いで電話へと駆けて行った。
「毒の魔石製の銃弾だ、ほっとけば後日死ぬ」
「死ぬって俺はまだピンピンして……」
そう言い終わる前に、髭面は急に苦しそうな表情を彼等に見せた。
瞬時に慌てて手で口を塞ぐと、「ボフッ」と破裂したような声が微かに聞こえる。
瞬間、ふさいだ手の隙間から、血がとめどなくあふれ出始めた。
ガヤついていた場内は静まる中、ジャックは自身の報酬から、三人分の酒代を取り出した。
そして椅子から立ち上がり、会計に向かおうとしたが、ショーンが彼の肩を掴んで引き留めた。
そしてショーンはジャックが負ったナイフの切り傷を指差した。
「毒はねえよここに」
そう返すとジャックは会計を済ませに行った。
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