第34話 第5ステージ アオハル②

「じゃあ、最初はそうだな……」


 ユメはちょこんと首を傾げると、頬杖をついてなにやら考える仕草を見せる。


「んーとね。私のどこが好きか言ってみて! まずはハルトからっ!」


 そういきなり言われても、なにも思いつかない。頭の中が真っ白だ。

 ユメは真剣な表情で、俺をじっと見つめている。

 そんなに見られると、つい目線を逸らしてしまうじゃないか。


「……ええっと……なんだろう……か、かわいいとこ、かな……」


 やっとのことでそう言うと、ユメはがっかりしたようにため息をついた。


「ぶー! 0点!」


 まあ、そうでしょうよ。


「次はユースケねっ!」


 高宮は爽やかな笑みを浮かべると、ユメの目を見ながら如何にも心を込め、澱みなく答える。


「ユメちゃん。どこが好きだなんて俺には言えないよ。だって全てが好きだから。その大きな愛らしい瞳も好きだし、教室に吹き込む薫風のような爽やかでピュアな心も大好きだ。ちょっとドジなところもね。とにかく、君を好きな気持ちは言葉で言い尽くせない。心から愛してるんだ、君を」


 ユメの顔が、ぽっと赤らむのが見てわかる。

 さすが高宮、彼女のことを良く観察してるよ。

 この勝負は、明らかに俺の負けだ……。

 ユメは、恥ずかしそうに火照った顔を手でぱたぱたと扇ぎながら、ふうと息をついた。


「……では次に、手を握ってみようかっ!」

「手を?」

「うん。お互いの手を握ってみて、どっちのほうが心がきゅんとなるか確かめたいのっ!」


 ふと、茜との初デートで手を握ったことを思い出す。

 確かにあれは、幸せな気持ちが心から湧き上がってくるような、そんな感覚だった。

 おそらく、茜以外の女子と手を握ったとしても、あれほどの感情にはならないだろう。

 ユメが手を握ってトキメクかどうか確かめたい、と言うのもわかるような気がする。

 だからこそ、この勝負も勝てる気がしない……。


 ユメは、すっと俺に手を差し出した。

 俺は仕方なく、その手をそっと握る。

 うん。何にも感じない。

 俺がそう感じるんだから、ユメもきっとそうに違いない。

 無表情なその顔が、ユメの気持ちを代弁している。

 ユメは手を離すと、今度は高宮に向けて差し出した。

 高宮はしなやかな指でユメの手を包み込むように握ると、さらに左手をその上にそっと添える。


「きゅんっ!!」


 とたんに、ユメは声を上げて体をすくめた。

 いやはや。こんなの勝負にならないよ……。

 高宮は、勝ち誇ったような表情で俺を見下す。


「青空君。所詮、君は俺に勝てる器ではなかったか」

「くっ……」


 何も言い返せない。

 そもそも俺は、茜以外の女子を好きにさせるなんて……そんなこと、できやしない。

 茜がいれば、それで充分なのだから。


「さて、最後の勝負はね……」


 ユメは言いかけて、途中で恥ずかしそうに顔を手で覆った。


「……キス!」

「はっ!?」

「ふたりとキスして、どっちと相性がいいか確かめるの。きゃっ、言っちゃったっ!」


 ……いきなりハードルが、ぐんと上がったよね。

 ユメとキスするなんて、どうしたって無理である。

 神に誓って、ファーストキスは茜のために絶対取っておくのだ。


「キ、キスだって!?」


 高宮が声を上げた。

 見ると、その顔は紅潮し、興奮気味に体がわなわなと震えている。

 そうか。

 高宮はスルことに飽きてしまい、キスに異常な執念を燃やしてたからな。

 こんなシチュエーション、堪らないのかも。


「ハルト……いいよ?」


 ユメはそう囁くと、目を瞑り顎を上げて顔を寄せてきた。

 そのぷるんとした形の良い唇は半開きで、如何にも誘っているようだ。

 だけど、いやらしさは全く感じなかった。

 その唇を見つめるうちに、頭の中がぐるぐると回りだす。

 これまでのステージと異なり、この空間は青春の甘酸っぱさに満ち溢れている。

 それは俺が前にいた世界には存在した、至ってピュアな感覚を思い起こさせる。

 なんだか懐かしさが込み上げてきて……いつしか心が、ぎゅっと締め付けられていた。

 これがまさに、アオハルか……。

 

 気づくと俺は、ユメの唇に吸い込まれるように、自分の口を寄せていた。

 ユメの吐息の暖かさを口元に感じる。

 ああ、心臓がどきどきするな……。

 でも、とっても心地いい……。

 唇どうしが、あと数ミリまで接近したそのとき。


 頭の中に、ぽっと茜の姿が浮かんだのである。

 

 俺は、はっとしたのだった。

 だめだ! だめだ!

 ここは、あくまで作り物のステージじゃないか。

 危うく、この世界観に飲み込まれるところだった。

 あわてて顔を引っ込めると、ユメは目を見開き、不思議そうな顔で俺を見つめた。


「ハルト、どうしたの?」

「……君とキスはできない。悪いけど」

「なんで? このままじゃ、負けちゃうよ?」

「それでも……できないものは、できないんだ」


 俯いて拳を握りしめる俺を、高宮がせせら笑う。


「勝負あったね、青空君」


 やおら高宮はユメをぐっと抱きしめると、恍惚の表情で唇を寄せる。


「さあっ! とっておきの愛をふたりで分かち合おう!」

「あ、あの……ユースケ、ちょっと待って……!」


 高宮の猛烈な攻勢に押されたユメは、今や引き気味にそのキスを避けようとしている。


「ユースケの勝ちだからっ! だ、だからキスはもう……!」

「いいや。君から誘ったんだから、シようじゃないかっ!」


 もみ合うふたりを、唖然と眺める俺。

 すると突然、教室のスピーカーからチャイムが流れた。


『3年C組、高宮祐介選手。失格!』


 その西園寺の声に、高宮は我に返ったように棒立ちとなり。

 天井のスピーカーに向かって、大声で怒鳴った。


「なぜだっ! ユメは俺の勝ちだと明言したぞっ!」


 ユメは、はあはあと呼吸を荒げながら、高宮を睨みつけている。

 その表情からは、今まで演じていたアオハルっぽさとやらがすっかりと消え失せていた。


「ええ。確かに勝ったのは高宮さんよ」

「じゃあなぜ、俺が失格なんだ!」

「言ったはずだけど。私の心を射止めたほうが『恋の』勝者だってね。それはあくまでアオハルという世界観での恋の勝者と言う意味であり、ステージの勝者は『禁欲』を守った選手だから!」

「な、なんだと!」

「ふん、引っかかったわね!」


 高宮は、頭を掻き毟る。


「ああっ。なんてことだ! あとちょっとで、青空君に勝てたというのに!」


 ひとり悶えまくる高宮を残して、俺は教室をそっと出た。

 これまでの禊として競技に参加するとか言っていたけど……結局、彼はなにも変わってなかったんだな。

 

 残り……俺だけ。

 最後のステージには、いったい何が待ち受けているのだろうか……。


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