第33話 第5ステージ アオハル①

 ついに決着の時を迎えた俺と高宮は、第5ステージである3年B組の教室の前に並んで立った。

 扉には「アオハル」と書かれた紙が、廊下を吹き抜ける風になびいている。


「アオハル……つまり『青春』ってことか」


 高宮はどこか遠い目をしながら、ぽつりと呟く。


「そう言えば、青春てなんだろうね。青空君」


 そんな抽象的な質問をされても、なんとも答えようがない。


「さあ……」

「俺はこれまで、勉強や部活に一生懸命取り組んで、そして大勢の女子たちとたくさんシてきた。だけどそれが、果たして青春と言えるのだろうか」

「いきなりどうしたんすか、高宮先輩」

「知りたいんだ。俺は本当に青春というものを心で感じてきたのかと」


 なに言ってるんだ、このひと。


「その答えは、茜ちゃんにある」

「は?」

「茜ちゃんと正式に付き合えば……きっと青春の意味がわかるに違いない。なぜなら茜ちゃんは、俺が初めて純粋にトキメいた女子だからだ」


 そう言い切ると、高宮は冷ややかな目で俺を見つめた。


「だから、この競技。必ず勝って君から茜ちゃんを奪う」

「……そんなことは、させませんからっ!」

 

 俺と高宮は、睨み合いながら同時に教室の扉をガラッと開けた。

 そこは……何の飾り気もない、ごく普通の教室だった。

 窓が開け放たれていて、カーテンが風にそよいでいる。

 柔らかな太陽の光が降り注ぐ教室に、生徒たちの姿はない。がらんと、静まり返っていた。


「あれ、教室を間違えたかな?」


 怪訝そうに高宮が言う。


「いやでも。入り口には、『アオハル』って張り紙があったし……」


 ふたりで呆然とその場に立ち尽くしていると。

 突然、制服姿の女子がはあはあと息を切らせながら、教室に飛び込んできた。

 そして俺たちの目の前で、それは見事にすっ転ぶ。


「きゃあっ!」


 床にどすんと尻餅をついたその女子は、イテテと腰を押さえながら顔をしかめ。

 やれやれと言わんばかりに、自分の頭をコツンと叩く。


「もうっ! ユメってドジなんだからあっ!」

「だ、大丈夫すか?」


 そう聞くと、ユメというその子は、はっとする。

 転んだ弾みで捲れあがったスカートの裾を、慌てて手で引き下げた。

 そして俺たちを、キッと睨む。


「み、見たでしょ! 私のパンツ!!」


 いや、別に……。


「ああ、もうっ! 恥ずかしいったら、ありゃしないっ!」


 顔を真っ赤にしながらユメはそそくさと立ち上がると、改めて俺と高宮の顔を交互にじいっと見つめた。

 髪はショート、目はぱっちりとしてて可愛いタイプである。

 どこか愛嬌があって、いかにもベタなその言動は、青春アニメのキャラクターぽいとも言えよう。


「ふたりをここに呼んだのは、ユメから大事な話があるからなんだよっ!」

「は、はあ……それって、なんでしょうか?」


 ユメは答えず、開放された窓に向かって、大きく両手を上げて伸びをした。


「ああっ。薫風が気持ちいいっ! ねえっ、キミたちも、そう思わない?」


 いちいちアクションが、大げさである。

 そこでようやく気がついた。

 これはアオハルという世界観の寸劇であると。

 

「あの……それで、俺たちは何をすれば……」

「黙って私の話を聞いてっ!」

「あ、はい……」

「あのさ……」


 言いかけて、ユメはモジモジしながら目線を落とす。


「……ユースケもハルトも、私たち小さい頃からずっと一緒じゃない?」


 はあ、そういう設定すか。


「キミたちが私のこと、好きなのはわかってたんだ」

「へっ?」

「実を言うと私もね……ユースケもハルトも、どっちも好きだよ」


 とたんに、甘酸っぱいレモンの香りがした。

 いや気のせいでなく、本当に香っている。どうやら香りのもとが空調機から流れ出ているようだ。

 どうやらこれも、演出らしい。


「でも、このままじゃいけないと思うの。ユースケとハルト、どっちと付き合うか、卒業する前にハッキリさせないとっ!」


 思わず俺と高宮は、お互い困惑した表情で顔を見合わせた。


「青空君。俺はさっぱり話についていけないのだが」

「俺もですよ。とにかく彼女に合わせるしかないすね」


 とたんに、ユメはぷっとほおを膨らませて俺たちを睨む。


「こらこらっ! 話を聞きなさいって言ってるでしょっ!」

「はい……」

「という訳でこれから、ふたりには私をめぐって勝負してもらいますっ」

「勝負?」

「ルールは簡単! ふたりとも私の言うとおりにして……それで、私の心を射止めたほうが恋の勝者ってわけっ!」


 えっ。

 ユメの心を射止めたほうが勝者って……。

 このステージは、勝負の決着方式がこれまでと異なるのだろうか。

 そうだとすると、女子経験豊富な高宮のほうが、圧倒的に有利じゃないか……。


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