第32話 第4ステージ 混浴温泉

 俺たちは、上の階にある3年生の教室に向けて、よろよろと校舎の階段を登って行った。

 3つのステージを終えて、残った選手は俺と河合、そして高宮。

 さすがに誰もが、キツそうである。

 体力もそうだが、精神、いや精力の限界を迎えており、みな押し黙っている。

 聞こえてくるのは、ぜいぜいという荒い吐息だけだ。

 俺ももう、考える気力も残っていなかった。

 ただ、俺に勝って茜を奪おうとする高宮にだけは、どうしても負けられない。

 ただその一心で、前に進むしかないのである。

 

 それにしても性活祭って……選手にとってはあまりに過酷すぎるだろ。

 頭は酷く朦朧として心臓は早鐘を打ち、命の危険すら感じる。

 なんで学校の行事で、死を覚悟しなきゃならないんだ。


「どうも、おかしいぜ……」


隣で河合が、なんとか声を吐き出した。


「なにが、おかしいんだ?」

「例年の性活祭って、選手も他の生徒たちも、みんなで楽しんで盛り上がるものなんだ。なのに、今年に限って、なんでこんなにしんどいんだろう……」


 俺は、性活祭すらこの世界に来て初めて知った人間だから、それは答えようがない。


「さあ……」

「どうも、なんらかの意図があるような気がしてならねえんだ。だいたいが、『禁欲』ってテーマも変だしよ」

「テーマを考えたのは……生徒会。つまり西園寺か」


 もしかして、西園寺が何かを企てているのだろうか。

 いや、例えそうだとしても、俺たちを苦しめる意味はまるで見当がつかない。


「いずれにせよ、優勝は俺が頂くぜ。勝って名実ともにカーストトップの座に君臨してやる」


 気づくと第4ステージである、3年A組の教室の前に辿り着いていた。

 教室の扉には、「温泉」の張り紙がある。


 温泉?

 まさか教室に温泉なんか……あった。

 扉を開けると、教室の中央に巨大な木枠が組まれており、その中には白濁の湯が張られていて、もうもうとした湯気が立ちのぼっている。

 そして9人の女子たちが、湯に浸かっていた。


「イエーイ!」


 女子たちは、一斉に俺たちに向けて嬌声を上げる。

 教室に、温泉。

 それは、あまりに非現実的な光景である。


「さあ、キミたちも一緒に入ろうよ!」


 温泉か……そうだ、温泉に浸かれば、疲れ果てた心や体がリフレッシュできるかもしれない。

 一瞬でもそう考えた俺は、当然のごとく後から後悔するはめとなる。

 俺たち3人は、ゾンビのごとくふらつきながらそのパラダイスに近寄ると、湯の中に足をつける。

 とたんに3人とも同時に悲鳴を上げた。


「熱っ!!」


 ものすごく熱い。これほどの熱さの湯に、これまで浸かった経験があるだろうか。


「ほら早く! 男なら熱いのくらい我慢しなよお!」


 女子にそう言われて、仕方なく熱さに耐えながらゆっくりと体を湯に沈めた。

 それはもう熱いと言うか、からだじゅうを刺すような痛みが襲ってくる。体を動かすことすら、ままならない。


「どう、入ってみれば気持ちいいでしょ?」

「いや……熱いです……」

「えーだって、これでも48度くらいだよー」


 48度!

 それって、かなり高温では。


「あなたたちは平気なんですか?」

「熱いのが得意な精鋭が集まってるし、それに知ってる? 男子より女子の方が皮下脂肪が厚いから、熱にも強いんだって」


 そうなのか。

 気づくと俺は、いつの間にか3人の女子に囲まれていた。


「ねえ、ひとつ教えてあげる」

「なんでしょう」

「このお湯、白濁してるからわからないだろうけど」

「はあ」

「実は私たち、全裸なんだ」


 マジかよ……。


「だって、ふつー温泉はタオルとか巻いちゃ、ダメなんだよー」

「お、俺は海パン、脱ぎませんからね!」

「仕方ないなー。特別にそれは許してあげよう」


 3人とも、みな美人である。

 目の前にいる彼女たちがハダカだと思うと……だめだだめだ、意識しちゃだめだ。

 しかし、熱い湯に浸かっているのも加わって、猛烈な勢いでさらに頭に血が昇る。

 それは、大量に摂取した特製精力ドリンクも拍車をかけているようだ。

 このままじゃ、あっという間にのぼせてしまう。


「すみません……ちょっと湯から上がってもいいでしょうか?」


 そう聞くと、ひとりの女子がめっと言うように俺を睨む。


「ダメ。お湯から上がらないことが、このステージのルールなんだよ」

「そんな……」

「キミ、青空くんだっけ。私たちの後輩だよね」

「は、はあ」

「かわいいっ。お姉さんたちと遊ぼっか」


 隣にいた女子が、俺の太ももを触ってくる。

 そして後ろからは、別の女子が体を押し付けてきてて、背中になにか柔らかいものが当たってる!?


 色即是空色即是空……。

 俺は心の中で懸命に般若心経を唱える。

 だが。

 だめだ……。

 頭の中が朦朧として……。

 色即色色……色色色色色色色色……。

 

「青空君!」


 どこからか聞こえたその声にはっとすると。

 同様に女子に囲まれた高宮が、厳しい目で俺をじっと見つめていた。


「しっかりするんだ! 君とは最後まで戦わなきゃならないっ!」


 ……そうだ。

 高宮に、どうしても負けるわけにはいかないんだ。

 俺はかっと目を見開くと、最後の力を振り絞って彼女たちの体を跳ね除ける。


「きゃっ」


 俺は立ち上がると、高宮を睨みつけた。


「ま、負けないっすよ、高宮先輩」


 すると、高宮も立ち上がって俺を見つめる。


「望むところだ。青空君」


 そのまま時間が止まったかに思えたその時。

 大音量のチャイムの音が、教室に響き渡った。

 そして、聞き慣れた西園寺の声がする。


『2年B組、河合俊選手。失格!』


 見ると、河合は女子に抱きついたまま、すっかり伸びていた。

 さすがの河合も、この熱さと女子たちの攻撃の合わせ技に、力尽きたようである。

 いや俺も、高宮に声を掛けられなかったら、とっくにダウンしていただろう。

 まさか、高宮に助けられるなんて。


「青空君、次のステージで決着をつけようじゃないか!」


 ……なんだか、スポ根みたいになってないか、この競技。

 

 残り……2名。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る