第29話 第1ステージ メイド喫茶

 俺たち6人の選手は、2年A組の教室、つまり第1ステージへとやって来た。

 扉は閉められており、入口に「メイド喫茶」と書かれた張り紙がある。

 河合がそれを見て、せせら笑う。


「ふん、メイド喫茶だとよ。文化祭でもよくある出し物じゃねえか」


 俺も、自分のクラスがどんな出し物を作ったのかは、勿論知らない。


「メイド喫茶ごときで、俺がシたくなるとでも思ってるのかね。青空のクラスは能無し揃いかよ」


 さすがに、自分のクラスメートがバカにされるとカチンとくる。


「入ってみなきゃ、わかんないだろ。甘く見てると、酷い目に遭うかもしれないぞ」

「へっ。俺にはこんなステージ、楽勝で通過できるけどな!」


 そう言いながら河合が扉をがらっと開けると……そこは、まさにメイド喫茶だった。

 いや、行った経験がないからわからないが、本物のメイド喫茶もたぶんこんな感じなんだろう。


 壁にはピンクのハートが散らばる壁紙が貼られ、ポップでカラフルなテーブルと椅子が6つ並べられている。

 そして俺たちがステージに入るや否や、ずらりと並んだ、猫耳を付け丈の短いメイド服を着た6人の女子たちが、深々と頭を下げた。


「お帰りなさいませ! ご主人様!!」


 一斉に声を揃えて挨拶する。


 そこには、彩夏や里穂の姿がある。そして……茜も!?

 なぜ茜がメイド姿に。


「どうぞ、お好きな席にお座りくださいませ、ご主人様!」


 河合が、ふんと鼻を鳴らした。


「こうゆーの、萌えるって言うのか? くだらねえ。この程度のもんで、シタくなっちまうのはオタクの宅田くらいだろ?」


 宅田はメイドにちょっと興味を示したように見える。


「いや……彼女たち二次元じゃないし……」

「無理すんなよ。こういうのが好きなんだよな?」

「まあ……メイド喫茶には、たまに行くけど……」


 見てるとどうやら、選手の中で一番ツボに嵌まりそうなのは、宅田で間違いなさそうだ。

 勝てるチャンスは……ある。


「とりあえずみんな、座ろうや」


 一橋に促されて俺は、適当に選んだ窓側の席に腰を下ろした。

 すかさず、メイド姿の茜がやってくる。

 どうやら、一人の選手に対し、一人のメイドが対応するシステムらしい。

 俺のメイドは、よりによって茜である。


「ご主人様! ご注文は何にしますかあ?」

「いや、茜……なにをしてるんだ?」

「わたしですかあ? わたしはご主人に忠実なメイドですよお!」

「い、いや……そうじゃなくってだな……」

「大好きなご主人様がお帰りになるのを、ずっと、ずうーっと、心待ちにしておりました!」


 どうやら役になりきっているらしい。

 カノジョである茜が、メイド喫茶の店員となって俺に満面の笑顔でリップサービスしてくる。

 なんなんだ、このシチュエーションは。


「……それで、ご注文は決まりましたかあ?」


 やむを得まい。ここは茜に合わせるしかないだろう。


「じゃ、コーラで」

「ご注文はコーラですね! かしこまりました、ご主人様!」


 そう言って茜はにこっと笑うと、教室の後方に設置されたオープンキッチンへ、てけてけと駆けていく。

 そして、トレーを持ってすぐさま戻って来た。


「お待たせしましたあ!」

「いや、早すぎるでしょ」

「こちら、特製ドリンクとなっております!」


 茜は、得体のしれないドロドロして黒ずんだ液体がなみなみと注がれた巨大なコップをテーブルの上に置いた。

 明らかにそれは、コーラではない。


「いや、頼んだものと違うんだけど?」

「このステージでは、ご主人様にこれをお出しする決まりなんです!」


 じゃあ、なぜ注文を聞いた。


「なんのドリンクなんだ、これは……」

「はい。こちらは牡蠣、ニンニク、すっぽん、マムシ。その他、マカやタウリンなどの強力な精力剤をシェイクした、精力を極限まで高めるドリンクとなっております……ご主人様!」


 ……ああ、そういうこと?

 このステージでは、超強力な精力剤を飲ませてシタくさせるわけ?

 特製ドリンクとやらを、見つめる。

 いかにも不味そうである。

 俺が顔をしかめていると、いきなり茜は両手をコップにかざし、念を送るような仕草をし始めた。


「おいしく、おいしくなあれっ!!」


 言った後で、照れたように俯く。


「なんだ、それは」

「おいしくなる呪文よ……いや、呪文ですう、ご主人様!」

「茜、もう無理はしなくていい。頼むから普通にしゃべってくれ」


 俺がそうお願いすると、茜はふっと表情を緩め、小声となる。


「ふう、疲れた。慣れないことするってキツイね」

「なんで茜が、こんなことを」

「だって、メイド役に選ばれちゃったんだもん」

「はあ……」


 改めて茜のその姿を眺める。

 いや……メイド服が似合っていて、むちゃくちゃ可愛いんだが。

 しかも、短い丈からすらりと伸びた生足が、なんとも艶かしい。


「晴人、それを早く飲んで」

「いや、これは……」

「全部飲み干すのがこのステージのルールなの。お願いだから」

「わかったよ……」


 ストローに口をつけ、その得体の知れないドリンクを一口すする。

 途端に、強烈な不味さが口の中いっぱいに広がった。


「うぐっ! こ、こんなの飲めるかよ!」

「頑張って、晴人」


 そう耳元で囁く茜。

 俺はふと、思いついた。


「なあ……うちのクラスを勝たせるために、飲んだことにして、こっそり処分してくれないか?」


 すると茜は、とたんに険しい顔となる。


「それはダメ。自分のクラスの選手に手心を加えた時点で失格となってしまうの。だから晴人も、他の選手と等しく公平に扱いますからねっ」

「そんなあ……茜……」

「いいから、一気に飲んでしまいましょう。晴人なら、できるよ!」


 今や茜はカノジョでありながら、俺を追い詰めるアサシンでもあった。


「わかったよ……」


 観念した俺は、思い切ってストローで一気に液体を吸い込む。

 ああ、臭いし不味いし……。涙や鼻水がだらだらと流れ落ちる。

 周りの選手たちの様子を伺うと、彼らも皆、泣きながらドリンクを必死に飲んでいた。

 これは、試練なのだ……。

 なんどもむせて、吐きそうになりながらも、なんとか最後の一口を飲み終えた。


 すると途端に、体がかっかと熱くなってくる。

 なによりも一番熱いのは、股間のアレだ。

 その辛さに耐えていると、今度は頭が朦朧とし、なにもかもが歪んで見えてくる。

 どうやら、頭にも血が上ったらしい。


「どうしたの、晴人! しっかりして!」


 茜が俺の両肩を手で掴んで、体を激しく揺さぶる。

 ああ、茜よ……。

 そんなに揺さぶられると、さらに頭が回るんだ……。

 他の選手たちも同様なのであろう、あちこちからうめき声が聞こえてくる。


 俺は、とろんとした目で、すぐ目の前にある茜を見つめた。

 茜……かわいいよ、茜……。

 まるで天使だ……。

 もう……シタいのを我慢できないんだ……。

 俺も普通の健康な男子なんだよ……わかってくれ……!

 理性が吹っ飛んで、思わず茜を抱きしめようとしたその時だった。


「きゃっ!」


 どこからか女子の悲鳴が響きわたる。

 はっとして正気に戻り、目を向けると。

 秀才である相楽が彩夏を抱きしめている。

 鼻血をだらだらと流しながら、その豊満な胸に顔を埋めていた。


「お願いだ! サセてくれ!!」


 相楽が耐えきれずにそう叫んだ瞬間、教室のスピーカーから大音量のチャイムが鳴り響く。


『3年A組、相楽翔琉選手。失格!』


 それは、西園寺の声だ。

 そのアナウンスを聞いた相楽は、呆然と顔を上げる。


「ち、違うんだ! 昨日も勉強で徹夜して精力ドリンクを何本も飲んだんだよ! なのに、更に強烈な精力剤を飲まされたものだから、許容量を遥かに超えてしまったのだっ!」


 いくら言い訳しても、負けた事実は覆らない。

 いや……あと数秒遅かったら、俺が負けていたかもしれない。

 危うく理性を失うところだった。相手が茜だっただけに、俺にとってはかなり危険な状態だったといえる。

 今更ながらに思う。なんと恐ろしい競技であろうか……。

 茜が、まるで屈託のない笑顔を見せてくる。


「晴人のこと、信じてたよ!」


 俺はもう、自分が信じられないよ……。


『勝ち残った選手は、2年B組の第二ステージに進みなさい!』


 西園寺の命令に、俺はふらふらと立ち上がって、他の選手とともに地獄のメイド喫茶を後にする。


「晴人! 頑張って!!」


 背中から聞こえる茜の無邪気な応援にも、俺はうなだれるしかなかった。

 

 残り……5名。


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