第28話 参加選手は強敵ばかり

 性活祭。

 それは、危険に満ちた性の祭典である。


 しかもよりによって、俺がクラスの代表選手に選出されてしまった。

 だから嫌だろうが、競技への参加は避けられない。

 逃げ出したりしたら、優勝への期待に膨らむクラスのみんなから、どんな酷い目に遭わされるだろうか。

 しかも、どうしても負けられない。

 なぜなら、負けること。それはすなわち誘惑に負けて誰かとシてしまうことであり、俺にとってそれは、茜への裏切り行為に他ならないのである。


 俺はとても憂鬱な気分だった。

 がらんとした廊下で、窓から青い空に浮かぶ棉雲をぼんやりと眺めていると、突然後ろから声を掛けられた。


「青空君。キミも選手に選ばれて教室を追い出されたのか」


 振り返ると、そこには高宮の姿があった。

 学校一のモテ男だった頃のオーラはすっかりと消え去り、暗い顔に酷くやつれたその姿は見る影もない。

 女子と無理やりしたキス画像を集めるヘンタイ趣味が暴かれた今では、すっかりその人気も凋落したと聞いている。


「高宮先輩も、選手に選ばれたんですか?」

「いや、自ら立候補したんだ。この競技で必死に頑張って勝ち上がり、そして優勝する姿をみんなに見てもらうことで感動を与え、名誉挽回を図るんだよ。そうすれば、過去の栄光を取り戻せるに違いない!」


 いや……そんな単純にいくだろうか。悪徳代議士のみそぎ選挙じゃあるまいし。


「優勝は俺が頂くよ。知っているだろうが、俺はスル行為にはもう飽きてしまって興味がないんだ。だからどんな誘惑も跳ね除ける自信はある」

「はあ」


 確かに、女子との経験が豊富であり、且つキスしか興味のない高宮をシたい気持ちにさせるのは、相当難しいであろう。


「特に、君にだけは絶対負けない。こうなったのも全て君のせいだしね」


 そう言って、高宮は鋭い目つきで俺を睨む。

 ああ……これは、いきなりやっかいなライバルが現れたものだ。


「おっ、今や噂の高宮先輩じゃないすか。3年C組の代表に選ばれたんですね」


 廊下の向こうから、声が聞こえた。

 見ると、4人の男子がこちらに向かってぞろぞろと歩いてくる。

 どうやら彼らも、各クラスで選ばれた選手らしい。

 声を掛けてきた男子は、俺も知っている。

 2年B組の、河合俊かわいしゅんだ。


「悪いけど落ち目の高宮先輩には負けないっすよ。今や学校人気ナンバーワンの座は俺が頂きましたから」


 こいつは、とびきりのイケメンで女子からの人気も非常に高い。

 高宮と違うのは、そのツンとした表情と誰にも遠慮しない横柄な態度である。

 そこがまた女子の人気ポイントらしいのだが……女心というのは俺には理解できない。


「なんだ、2年A組の代表は、青空かよ」

「ああ……どうやらそうなってしまったらしい」

「モブを選ぶなんて、おまえのクラスは勝つ気あるのか?」

「本音を言うと、それには俺もまったく同感だ……」

「まっ、いいや。せっかくだから選手どうし、自己紹介でもしようぜ。じゃあ、おまえから!」


 河合に指をさされたのは、でっぷりと太った体型の、いかにも地味そうな男子である。

 彼は俯きがちに、おずおずと前に出た。


「ぼ、ぼくは2年C組の宅田真司たくたしんじです……」


 声を出すと太っているからなのか、喉からひゅーひゅーと音が鳴る。


「ぼくが選ばれたのはたぶん……アニメの美少女二次元キャラにしか興味がないからだと……」

「なんだよ、それってキモオタじゃん。リアル女子は相手にできないってか」

「うん……普通の女子を見ても、まったくスル気にはなれないな……」


 それは、なかなか手強そうである。

 リアルの女子に全く興味が湧かないのであれば、どんな誘惑をされようが、なにも感じないだろう。


「じゃあ、次は俺の番かな」


 そう言って次に前に出たのは、メガネを掛けた如何にも知的そうな秀才風男子であった。

 その手には、分厚い参考書が握られている。


「俺は3年A組の、相楽翔琉さがらかける。一番の目標は東大に合格することだ。今はとにかく、頭の中は勉強のことで一杯で、女子なんかにうつつを抜かしてる場合ではない。だからいかなる誘惑を受けようとも心頭滅却の精神で寄せ付けない自信がある。本当は、こんなことをしてる暇などないのだが……」


 なるほど。

 全ての欲を捨て去った、勉強一直線の受験生ということか。

 おそらく、どんな美女が迫ろうとも、頭の中では数式を唱えているに違いない。

 彼もかなり強そうだ。


「最後は、オレだ」


 相楽を押しのけたのは、いかつい顔で巨漢、がっしりした体型の、いかにも体育会系を極めたような男子だった。


「3年B組の、一橋巧也いちはしこうやだ。ラグビー部のキャプテンである。そりゃ女は大好きだが、勝負事となった時の精神力は誰にも負けねえぜ!」


 がははと大声で笑う。

 うちの高校のラグビー部は強豪である。

 そのラグビー部のキャプテンを務めているくらいだから、精神力も並大抵のものではないだろう。

 女子の誘惑など、敵のタックルと同様に、いとも簡単に跳ね飛ばすに違いない。


「じゃあ、お互いクラスの勝利に向けて、頑張るとしますか」


 河合が不敵な笑みを浮かべながら言う。


「おおよ、まあ勝つのは俺だがな」

「ふん。とっとと勝利を頂いて、早く勉強に集中したいものだ」

「……たぶん、ぼくが勝つでしょう」

「俺の名誉に掛けて、君たちには負けない!」


 ああ、参ったな……。

 選手たちは皆、曲者ぞろいでどれも強そうである。

 俺はそんな彼らを相手に、果たして競技を勝ち抜くことができるのだろうか。


 そりゃあ俺だって、普通の男子である。

 この世界に来てからと言うもの、ムラムラすることばかりだ。

 でも、茜がいるからこそ、これまでずっと耐え抜いてきた。

 だから、これもひとつの試練だと思って、茜のために頑張るしかないんだ……。

 

 

 そして日はあっという間に経ち。

 ついに性活祭当日を迎えたのである。

 

 体育館には全校生徒が集まり、ざわめいている。

 壇上に立つ西園寺が、マイクを持って声を張り上げた。


「これより、第17回性活祭を開催するっ!」


 その宣言が放たれた途端、体育館は割れるような歓声に包まれた。


「では、競技に参加する選手諸君を紹介しよう!」


 荘厳なアベンジャーズのテーマ曲が流れ、俺と他の選手、計6人が壇上へと上がった。

 全員、海パンだけの姿だ。これが今回の競技ユニフォームだそうだが、あまりに恥ずかしすぎる。

 6人が壇上に並ぶと、盛り上がりはピークに達した。


「まずは、2年A組。青空晴人!」


 仕方なしに一歩前に出ると、大きな拍手が沸き起こる。

 頑張れー!と、ひときわ大声で叫んでいるのは健太だ。

 ああ、なんで俺はこんなところに立っているのだろう……。


「次は、2年B組。河合俊!」


 歓声と拍手が一段と大きくなった。

 女子たちが口々に、しゅんくーん!と声を上げている。

 やはり河合の、女子からの人気は相当なもののようである。

 そんな感じで選手紹介は進んでいき……。

 最後のひとりとなる。


「3年C組。高宮祐介!」


 高宮が一歩前に出て、満面の笑顔で手を振った。

 だが、とたんに体育館はブーイングの嵐が沸き起こる。

 どうやら俺の想像以上に、今や高宮は嫌われているようである。まあそれは、自業自得と言えよう。


「今回の競技は、以上6名の選手で行われる。競技の模様は、各ステージに設置された隠しカメラで撮影し、体育館の巨大スクリーンにリアルタイムで配信されるのだ」


 俺たちの行動は、体育館で生徒たちに見られているのか……。


「それでは、これより競技を開始する!」


 西園寺は真剣な面持ちで、右手をぴしっと垂直に上げた。

 すると、スピーカーからファンファーレが響き渡る。

 俺たちは壇上から降りると、生徒たちの歓声を浴びながら、体育館の外に出た。

 そこはさっきまでの喧騒がまるで嘘のように、すっかり静まり返った人気のない校庭だ。

 上を見上げると、どこまでも青い空が広がっている。


 うん……このまま帰りたい……。


 切ない気持ちで心の底からそう思うのは、どうやら俺だけのようだ。

 気合いを入れる選手たちとともに、俺はしぶしぶ、最初のステージである我が2年A組の教室へと向かうのだった。


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