第24話 ルミ先生の個人授業

 翌朝、学校に行って教室に入ると、速水の周りに女子の人だかりができていた。


「速水先生! 昨日はどこにいたんですか? みんなで探してたんですよ!」


 昨日俺たちに醜態を晒した速水は、何事もなかったかのようにクールな表情を保ちながら眼鏡のふちを指で持ち上げる。


「ああ。ちょっと仕事があってね。教育実習生だって、準備でいろいろ忙しいんだ」


 はあ。しれっと、よく言うよ。


「じゃあ、今日はどうです? 次の休み時間、私とシませんか?」

「ずるーい。抜け駆けしないでよ、先に目を付けたのは私なんだからっ!」

「待ってよ、わたしが先だって! ねっ先生、いいでしょ!」


 黄色い声を上げて詰め寄る女子たちを、速水は困惑した様子で押し留めた。


「わかったよ。君たちで順番を決めてくれ。やれやれ、どうやら今日も休めなさそうだな」


 おいおい、待て。

『愛のない性行為にまみれた薄汚い世界なんかにいたくないんだ。だから死ぬ』

 って昨日、はっきりそう言ってたよな。

 その二面性は、いったいどうなっているんだよ。


 すっかり呆れて自席に向かうと、隣の茜はすでに着席しており、黙って教科書に目を通していた。

 いつもなら毎朝俺の家の前で待っているのに、今日は先に学校へ行ってしまったのだ。

 俺がそばに近寄っても、顔を上げようともしない。


「茜……おはよう」


 茜は教科書を見つめたまま、か細い声で答える。


「おはよう……」


 隣の席に茜がいるのに、なんだかとても遠くにいるように感じる。

 どうしちゃたんだよ、茜。

 ため息をつきながら後ろを振り返ると、健太と目が合った。

 だが健太は眉をひそめ、ぷいと顔を逸らす。

 そりゃ、怒ってるだろうな。

 不可抗力とは言えども、よりによって健太のベッドで、健太が大好きな彩夏とハダカで抱き合っていたんだもの。

 絶交されてもおかしくない。

 速水がこの学校に来てから、たった一日で。

 俺とカノジョである茜、親友の健太との関係がバラバラにされたような、そんな気がする。


 暗澹たる気持ちで、ぼんやり外を眺めてるとチャイムが鳴り、いつものようにルミ先生が姿勢良くつかつかと教室に入ってきた。


「はいはい、みんな席についてー!」


 速水の周りに集まっていた女子たちが、名残惜しそうに席へと戻っていく。


「今日の連絡事項は、特にありません。ただ、ひとつだけ注意喚起しておきますが、最近ベッドルームの利用マナーが悪すぎます! 使い終わったゴムは、ちゃんと縛ってゴミ箱に捨てるように!」


 はあ。

 最近、先生が真顔でこんな話をするのに慣れてきた自分が怖い。


「……それから、青空君!」


 え、俺?

 当然のことながら、ゴムなど使った経験もないんすけど。


「話があります。昼休みに私のところへ来なさい。わかりましたね」

「は、はい」


 ルミ先生は、鋭い目つきで俺を睨みつけている。

 なにか俺、悪いことをしただろうか。身に覚えはないのだが……。


◇ 


 そして昼休み。

 俺は応接室のドアをコンコンと叩く。


「入りなさい」


 中から聞こえるのは、ルミ先生の声。

 ドアを開けると、ルミ先生はソファに足を組んで座っていた。

 フレアのミニスカートから、すらりと綺麗な生足が伸びている。


「……てか。なんで職員室じゃなくて、応接室なんですか?」

「それはセンシティブな話だからよ。いいからそこに座りなさい」


 俺が向かいのソファに座ると、ルミ先生は身を乗り出した。


「草野彩夏さんから相談を受けましたが、あなたは危険なモノを所有しているそうね」


 まずい。そっちの件か。


「前に、星咲茜さんを怪我させたと聞いた時は、若いからまあ、そう言うこともあるかと見過ごしてしまいました。それは私のミスです。ですが、草野さんの証言によると、あなたのアレは人並み外れて異常な大きさであると」

「いや、それはですね……」

「危うく草野さんにも怪我をさせるところでした。これはさすがに看過できません!」


 ルミ先生はビシっとそう言うと、俺の顔を睨みつける。


「聞くところによると、大きさを自在に変えれるそうですね。であるならば、なぜ適正なサイズで性行為を行わないのですか!」


 どうしよう……。

 茜の怪我は嘘。彩夏に見せたのは1.5リットルのペットボトル。

 なんでそんなことをしたのか説明するには、結局のところ、俺が別の世界から来たことを理解してもらう必要がある。

 だが、それはあまりにバカげた話だ。

 真面目なルミ先生が信じるはずもなく、ふざけてると思われて更に怒りがヒートアップしてしまうだろう。


「いずれにしても、このことは教育委員会、いや警察に報告すべき事案です」

「ま、待ってください……俺は、どうなるんですか?」

「故意的であると立証されれば、かなりまずい立場となるわね」

「そ、そんな……」


 すっかり絶望していると、ルミ先生はふと表情を和らげた。


「……でも。これはまだ未熟な君たちに、しっかりと性教育をしなかった教師としての私の責任でもあります」

「は?」

「青空くんが、正しい性行為をするよう更生できれば、報告は取り下げましょう。そのためには……」

「そのためには?」

「私が、お手本となります」


 そう言うとルミ先生は、ブラウスのポケットからゴムを取り出しテーブルに置く。


「心配しないで。ちゃんと用意してあるから」


 そして立ち上がると、いきなりブラウスのボタンをひとつずつ外し始めた。

 いやいや! そういう展開になるとは想定していなかったよ!

 てか、最初からこうスルつもりだった!? だから応接室なのか……!


「ま、待ってください!」


 俺はソファから飛び上がると、慌ててその手を抑える。が、勢い余って胸に触れてしまった。


「ああっ! すみませんすみませんっ!」

「そんなガツガツしないで……早く青空君も脱ぎなさい」

「ちちち違うんですっ! せせせ先生とはできませんっ!!」

「あら、なぜ?」

「実は俺……ドーテーなんです……!」


 ああ、言ってしまった……。

 ルミ先生は不思議そうに首を傾げると、ソファにゆったりと深く腰を下ろし、立ち尽くしたままの俺を見上げた。

 この角度だと、大きく開いた胸元から双丘がまる見えで、ルミ先生を直視できない。


「どういうことかしら?」

「俺……茜のことがずっと好きで、この前やっと告白に成功したんです。カノジョとなった茜が他の誰かとスルのはどうしても嫌で、怪我させたと嘘をついてみんなを遠ざけました。俺もスルなら茜しか考えられないから、彩夏に迫られてもペットボトルをパンツに入れることで驚かせ、行為から逃れようとしたんです……」


 正直になんとか説明すると、ルミ先生は眉をひそめた。


「つまり、青空君はヘンタイってこと?」


 うん、そっちのほうが話が通じそうだ。


「はい……」


 ルミ先生は腕を組んで、ふうと大きく息を吐く。


「多様性の時代だから、青空君の性癖に関しては口出しできないわ」

「あ、ありがとうございます」

「でもね、今の話を聞いていて思ったんだけど……茜さんの経験って、そんなに気にすることかしら?」

「ええ、まあ……そりゃすごく気になります。過去に茜は、どんな奴とシてきたとか……実を言うと、目下のところそれが一番の悩みで……」


 そう答えると、ルミ先生はキリッとした顔つきで俺を直視した。


「いいこと? 茜さんだって16歳で初体験をしてから、これまでずっと経験を重ねている。そこには単なる性処理だけじゃなく、愛ある行為もあったかもしれない。でもね、それは今、彼氏である青空君との愛情とは、まったく関係ないことじゃない? 大事なのは、青空君がこれから未来に向けて茜さんとどうやって愛を育んでいくことじゃなくて?」


 その言葉にはっとした。

 俺は……茜の過去を気にしすぎて、大事なことを忘れていたような気がする。


「茜さんの経験のことでうだうだ悩む前に、しっかりと自分と向き合いなさい。茜さんのことが本当に好きなら、彼女の全てを受け入れてその心を信じ、そして尊重すべきよ。それが本当の愛情というものです!」


 そうか。

 なんだか心の中でもやもやしてたものが、すっきりと晴れ渡ったような気がした。

 ルミ先生、ありがとう。

 せめてブラウスのボタンは留めてから、説教して欲しかったけれども。

 

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