第19話 黒幕は……

 翌日の午後。

 俺と鮫島は、誰もいない男子更衣室に、そっと忍び込んでいた。

 この時間、高宮は体育の授業でグラウンドにいるはずである。


「おい、青空。こんなことして、本当にいいのか?」

「ああ。どうせ俺は退学なんだ。最後、高宮に一泡吹かせてやる」


 それは、高宮の大事なキス画像コレクションが保存されているスマホ、それをぶっ壊すことだ。

 思えばこんな事態となったのも、全ては高宮のヘンタイ趣味のせいである。


「手分けして探そう」

「ああ」


 片っ端から、棚にある制服に手を付けていく。

 確か高宮は、最新型である赤色のスマホを持っていた。

 次々とズボンのポケットを探りスマホを取り出してみるが、なかなか見つからない。


「くそ、どこだ……」


 全ての棚を探ってみたが、どこにもなかった。

 呆然として鮫島と顔を見合わせていると、外で人の気配がした。

 あわてて棚の影へと隠れる。

 扉が開いて入ってきたのは……高宮と、なぜか西園寺だった。


「あ、あのさ。いま授業中なんだけど?」


 おどおどしながらそう言う高宮を、西園寺は正面から睨みつける。


「例の美結とのキス画像を、渡してもらいたい」

「なんでだよ。狙い通り青空は退学になるんだから、もういいだろ?」

「だめだ。美結の件は終わっていない。キス画像を見せつけて、今度は高宮、おまえと初体験をするよう迫るんだ。早くしないと、美結は鮫島と初体験を済ませてしまう」


 高宮はため息をつくと、体操着であるハーフパンツのポケットから赤いスマホを取り出した。

 あいつ。あのスマホを肌身離さず持ち歩いているのか。よほど大事にしてるんだろう。

 いや、大事なのは中身か。


「やっぱり、やだよ……」

「なぜだ!」

「これは俺だけのお宝コレクションなんだ。西園寺には仕方なく見せたが、渡したくないっ!」

「ふざけるな、このヘンタイめっ! 寄越せって言うんだっ!」

「や、やめろって!」


 お互いにスマホを掴んで揉み合ううちに、その手からするりと離れ。

 投げ出されたスマホは床を滑って、ちょうど俺の目の前で止まった。

 俺はスマホを拾い上げると、鮫島とともに棚の影から姿を現す。


「な、なんで……おまえたちが……!」


 驚愕の表情となる、西園寺と高宮。

 人って、本当に驚いた時は、マジで目玉が飛び出そうになるんだな。


「やっぱり。あなたたちは、グルだったんですね」


 冷静にそう言ってやると、逆ギレする西園寺。


「だ、だからどうした! もとはといえば、おまえらが学校の風紀を乱したからだっ!」

「でも、俺にしても美結ちゃんにしても、悪いことをしてるとは思っていないんです。これは俺たちの信念なんだ」

「……くっ!」


 自分の信念を貫き通すのは悪いことじゃない。それは、保健室で茜に教わったことだ。


「あ、青空君……君の言い分はわかったから、そのスマホを返してもらえるかな?」


 高宮は猫なで声を出しながら、こっちに向かって手を伸ばしてくる。


「いいですよ。高宮先輩にとっては大事なスマホですからね」


 俺はそう答えると、手からスマホを床にすとんと落とした。


「おっと。手が滑ってしまった」


 すかさず鮫島が足で、そのスマホを思いっきり力を込めて踏み潰す。


 バキッ!


 スマホは、粉々に砕け散った。中に入っていたデータは、全て吹っ飛んだだろう。

 壊れたスマホを拾って、呆然としている高宮のもとへと向かい、その手にしかと渡してやる。


「すみません。ちょっと踏んじゃったみたいです」

「ああっ……」


 高宮はスマホを握りしめたまま、その場に崩れ落ちる。

 必死に割れた画面をタップするが、動作するわけがない。

 西園寺のほうはと言えば、歯をギリギリと鳴らして俺を睨みつけていた。


「あ、そうか!」


 俺はここで、前に健太から聞いた重大なルールに気づいたのである。


「美結ちゃんは初体験の相手として、最初に鮫島を指名したと聞きました。と言うことは、そのあと指名を俺に変えたのは無効ですよね。それは校則違反ですから。風紀に厳しい西園寺さんなら、もちろんご存知だと思いますが」


 そう言うと、みるみるうちに西園寺の長い髪が逆立った。

 まさに怒髪天を衝くとはこのことだ。


「ぐううっ……青空っ!!」

「はい?」

「覚えておけっ!! 絶対このままじゃ済まさぬぞっ!!」


 般若のごとき顔に変貌した西園寺をその場に残して、俺と鮫島は男子更衣室から堂々と退出したのだった。

 

 ……だが廊下に出た途端、俺は膝ががくがくして、その場にへたりこんだ。


「おい、どうした?」

「いや、腰が抜けた。マジで……!」

 

 

 数日後。

 俺と茜が食堂で一緒に弁当を食べていると……。

 いつものように鮫島が睨みを利かせながら現れた。俺はあわててランチボックスを手で覆う。


「青空……」

「な、なんだよ」

「シタくなった。ちょっと星咲を貸せや」

「や、やだよっ!」


 俺はあわててテーブル越しに茜をガードする。


「隙ありっ!」


 そう言うと鮫島は、俺のランチボックスから唐揚げを掻っ攫った。


「ふん、冗談だよ。バーカ」


 唐揚げを頬張りながら立ち去っていく鮫島に向かって、俺は声をかける。


「それで、美結ちゃんとは?」


 鮫島は背中を見せたまま、黙って右手でサムズアップした。


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