第18話 ご指名の理由


 ライブが終わった後。

 俺と鮫島、そして美結は、狭い控え室で丸椅子に座って、顔を突き合わせていた。

 美結は化粧とウイッグのせいか、普段と全くイメージが違う。

 だけど、歌っていた時のオーラは鳴りを潜め、学校にいる時のように大人しく俯いていた。


「……それで、どういうことすか?」


 俺がおそるおそる聞くと、鮫島は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 そして、いかにも言いづらそうに声を落とす。


「話は結構、複雑でよ……」

「はあ」

「ぶっちゃけると、俺と美結は付き合ってるんだ」

「えっ!」


 丸椅子から、ひっくり返そうになった。

 不良の鮫島と根暗そうな美結が恋人どうしだなんて、想像もできなかったからだ。

 あっけにとられた俺の顔を見た鮫島は、メンドくさそうに話し始めた。


「こいつは、幼馴染なんだ。ちっさい時から暗くておどおどした性格でイジメられてばかりいてよ。仕方ねえから俺が面倒見てたんだ。イジメたやつを片っ端からぶん殴ったりしてやった」


 俺も茜とは幼馴染だが、ずいぶんと育った環境が違いそうだな。


「歌が上手いのは小さい頃から知っていた。そりゃあ、とてつもない才能だよ。もったいねえからダチのバンドメンバーと引き合わて、無理矢理ライブで人前に立たせたら、性格が変わったように歌い出した。俺もびっくりだ。めっちゃ感動しちまった」

「それで、美結ちゃんのことが好きになったと」


 そう聞くと、鮫島はとたんにサメのような鋭い目つきで俺を睨みつける。


「うるせえ。そんな単純なモンじゃねえんだ。俺と美結の仲は」


 確かに、そりゃそうだろうだろうな。

 話を聞く限り、なんとなく俺にもわかる。

 これ以上深く聞くのはやめておこう。じゃないとまた殴られちまう。


「とにかくそういった訳で、美結から初体験の相手に指名された。もちろん俺もOKしたよ……だけどな、美結のことを気に入らねえ奴が、ひとりいたんだ」

「……誰?」

「西園寺だよ」


 また、西園寺かよ。

 夕日をバックに、長い髪をなびかせながら、にやりと笑う西園寺の姿が頭に浮かんだ。

 西園寺のことを思うと、いつも不敵に笑うヒールのイメージしか湧いてこない。

 まあ、俺にとって西園寺は、そういうキャラなんだろうが。


「西園寺は風紀委員長として、夜中に不良が集まるライブハウスで歌を歌ってる美結のことが許せなかったんだ。だけど、美結の人気はうなぎ上りでレーベルからプロデビューの話も来ている。だから、校長も曖昧な態度しか取れねえ。人気歌手になったら学校の誇りだもんな。まったく汚ねえ世界だぜ」


 鮫島は、忌々しそうに床にぺっと唾を吐く。


「ある日、美結はいきなり高宮にベッドルームに連れ込まれて、無理やりキスされた」

「えっ、高宮が!……あのヘンタイめ」

「おまえもヘンタイだろうがっ! 美結から聞いたぞっ!」


 いや、高宮と一緒にしないで欲しいんだが……それはどうにも説明しようがない。


「その時に撮られたキス画像のことを、どうしてだか西園寺が知ったんだ。西園寺は美結に迫った。キス画像をばら撒かれたくなかったら、ライブ活動をやめろってな」


 それまで黙って俯いていた美結が、突然顔を上げた。その目は、まっすぐに俺を見つめている。


「もちろん断りました! そんな画像が広まったってどうだっていい。私はただ、歌を歌いたいだけだからっ!」


 ……なんか意に反して、話が感動巨編になってないか?


「私を止められないと悟った西園寺先輩は、今度はおかしなことを言ってきました。私が鮫島さんと付き合っているのを知ってて、初体験の相手は青空先輩を指名しろと」

「そこで、なんで俺が……?」

「それは私にもわかりません……とにかく、青空先輩と初体験さえすれば、キス画像は削除するって、そう言ったんです」


 ははあ。なんとなくわかったぞ。

 西園寺は、言うことをきかない美結に、せめて嫌がらせをしたい。

 それは、初体験を彼氏である鮫島とじゃなくて、別の男にさせることだ。

 その男というのが、俺。

 茜に操を立てて誰ともシない俺を指名することによって、俺にもダメージを与えられる。

 つまりは一石二鳥というわけだ。


「それで、俺と……?」

「はい……あんな嫌な記憶の画像が、初体験くらいでこの世から消えてくれるなら、それでいいかって……」

「初体験くらいって、その考えおかしいよ」

「だって、最初ってだけで、そのあとは普通に誰とでもスルんだし……」


 ふう……まったくこの世界ってやつは……。


「茜がこう言ってたよ。初体験って、ずっと記憶に残るものなんだって。美結ちゃんも後で後悔しないよう、もっと自分を大切にしなきゃダメだよ」


 仕方なくそう諭すと、鮫島が俺を睨みつける。


「はあ? てめえ偉そうに講釈垂れてるんじゃねえぞ!」

「じ、じゃあ、なんで鮫島は、ベッドルームで俺を殴って美結を連れ去ったんだ?」

「そ、それは……」


 とたんに鮫島はトーンダウンする。


「……なんだかよ。最近のおまえのおかしな行動を見てたら、俺も変な気分になっちまってよ。美結がおまえと初体験するって聞いても何とも思わなかったのに……いざ、その時がやってきたら居てもたってもいられなくなって……」


 うんうん、それって本当は正しいことなんだよ。


「俺も……ヘンタイになっちまったんだろうか?」


……違うんだ。


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