第17話 退学の危機

「う……うん……?」


 気づくと、ベッドの上だった。

 ここは、保健室だ。


 殴られた左のほおが酷く痛む。そこにはガーゼが貼ってあった。

 俺を覗き込む、茜と健太の顔がある。茜はほっとしたように、相好を崩した。


「よかった。目が覚めて」


 はっとして、タオルケットを跳ね除け飛び起きる。


「俺、なんでここに!?」


 健太はやれやれといった表情だ。


「おまえ、ベッドルームに乱入してきた鮫島にぶん殴られて、気絶したんだよ」

「ああ……殴られたことは覚えてる。それで、美結ちゃんは?」

「鮫島に連れて行かれたよ。なんでか知らんけど」


 美結ちゃんが鮫島に拉致された?

 いったいどういうことだろう。


「それにしても晴人、ずいぶん気合の入ったパンツだなあ」


 そう健太に言われて初めて、自分が赤いパンツだけの格好であることに気がついた。

 あわててタオルケットでパンツを隠す。


「ち、違うんだ、これは!」


 なにが違うのか全く意味を成していないが、恥ずかしさと気まずさが俺を襲う。

 ああ、茜に赤いパンツを見られてしまった。どう思われただろうか……。


「それにしても晴人よ。おまえ、美結ちゃんとシなかったせいで、極めてまずい状況になってるぜ」

「だ、だって、あれは鮫島の妨害による不可抗力だったし……」

「鮫島が現れる前に、スルのをきっぱり断ったんだろ。その言葉をしかと聞いたって西園寺が言ってたよ」

「くっ……」


 西園寺の高笑いが聞こえるようだ。


「今頃、校長に報告してるんじゃないかな」

「俺は、退学になるのか……」


 現実として受け止めると、心がずっしり重くなる。

 俺は、どんよりと茜の顔を見つめた。


「茜、すまない」


 茜は唇を噛み締めて、悲しそうな顔をしている。

 が……。


「晴人は、悪くないよ」

「え?」

「だって……自分の信念を貫き通したんだからっ!」


 それだけ言うと、茜は目元を手で押さえながら保健室を飛び出していった。

 


 その日の夜。

 俺が自室のベッドに座って、ひとりぼおっと思いに耽っていると……。

 窓の外から、図太い怒鳴り声が聞こえてきた。


「おいっ! あおぞらあっ!!」


 誰だ、こんな夜更けに。

 不審に思いつつも、窓を開けて2階から下を見やると……そこには、街路灯に照らされた鮫島の姿があった。


「ちょっと話がある! てめえ降りてこい!」

「わ、わかったよ。近所迷惑だから大声出さないで……」


 鮫島が俺になんの用だろう。

 また、殴られるのか? いや、なんで俺は殴られてばかりなんだ?

 なんか、鮫島に悪いことした?

 頭をひねりながら、玄関から外に出る。

 そこには、いかにも不良です、といった体

てい

の鮫島がダルそうに突っ立っていた。


「おう、青空。ちょっとツラ貸せや」

「え、いや。どこに?」

「いいから、来いって言ってんだろ!」


 突っぱねるようにそう言うと、鮫島は勝手に歩き出す。

 仕方なく、俺は後をついていった。

 お互いに黙りこくったまま、ずいぶんと歩き。


 ようやく到着したのは、駅の裏通りにある小さなライブハウスだった。

 そこは、あまり治安が宜しくない系のライブハウスらしく、壁はスプレーで描かれたタギングだらけ。

 そして入口には、鮫島と同類らしき不良たちが大勢たむろっている。

 どん、どん、というドラムの重低音が、外にも響いていた。


「こっちだ」


 鮫島はそれだけ言うと、入口から地下への小さな階段を降りていく。

 俺の頭の中は、謎だらけだ。

 このライブハウスで、俺は鮫島のダチたちから寄ってたかって暴行を受けるのだろうか?

 いや、なんでそんな目に遭うのか、さっぱり身に覚えがないが。

 とにかく……行くしかない。逃げても半殺しにされるだろうし。


 鮫島に続いてライブハウスに入ると、そこは大変な盛り上がりようだった。

 俺にとっては、まるで異世界の空間だ。

 ハードロックなビートに合わせて、観客が声を上げながら拳を突き上げている。

 ステージの中央には、髪を振り乱しながらシャウトする女性ボーカル。

 その歌は無茶苦茶上手くて、普段アニソンしか聴かない俺にも心に響いてくる。

 ……でも、あれ?

 顔をどこかで見たような?

 鮫島が音に負けじと、俺の耳元で大声を出した。


「あのボーカル、美結だよっ!!」

 

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