第15話 茜の初体験の相手って?
「晴人、お待たせ!」
部活を終えた茜が、教室に戻って来た。
気づくと、窓からピンク色の淡い夕焼けが差し込んでおり、教室には俺と健太しか残っていない。
「お、おう」
「なに? 菊池くんと男ふたりで、良からぬ相談でもしてたの?」
「いや、別に……」
こんな悩み事、やっぱり茜には言いづらい。できれば茜に知られたくもない。
だが察しのいい茜は、腰に手を当てるとぷっとほおを膨らます。
「なんか様子が変。なにがあったのか、話してごらんなさい!」
すると、その愛らしい威圧感にあっさり屈した健太が、すぐさま白状してしまう。
「晴人さ、1年の女子から初体験の相手に指名されたんだ。普通なら名誉なことなのにコイツ、悩んじゃってよ。あ、なんでかは俺は知らねえからっ。じゃあ、俺はもう帰るんで後は茜ちゃん、よろしく!」
そう言うと、そそくさと教室を飛び出していった。
健太のやつ、全部バラしてすたこら逃げやがった。
ひとり取り残された俺の顔を、茜はじっと見つめてくる。
「あ、茜……」
「ふうん。晴人が初体験の相手するのかー」
そう言う茜の顔は無表情だけに、なんか怖い。
「いいいいや、まだ相手するとは決めてないから……」
「なんで? 指名を拒否したら退学になっちゃうよ?」
「そうらしいが、しかし」
茜にどう言うべきか必死に考えてると……。
ふっと茜は笑みをこぼす。
「その娘に、優しくしてやってね!」
「は、はあ?」
「どんな女子でも、最初は大事だから。初体験って、ずっと記憶に残るものなんだよ。だからいい思い出となるように心を込めてシてあげること」
「ええ……?」
「ま、晴人はもともと優しいから、そんなアドバイスは余計だったね。ごめん!」
にこにこと笑って話す茜は、いたって普通だ。言葉のどこにも棘なんかない。
まあ、こんな世界だからとは言え……なんか拍子抜けしてしまうというか。
そこで俺は、はっと気づいたのだった。
茜の初体験の相手って、いったい誰だったのだろう。
茜と肩を並べて、夕日に染まる校庭を歩いて行く。
「……茜、あのさ」
「ん? なに?」
屈託のない表情で俺を見つめる茜。
むちゃくちゃ、かわいい。
そんな無垢な瞳で見られると、初体験の相手は誰だなんて無粋なことを聞けるわけがない。
それに、知ってしまったら知ってしまったらで……やっぱりトラウマになるくらいのショックが俺を襲うであろう。
「青空晴人!」
いきなり鋭い声で名前を呼ばれ、はっとして顔を上げると……校門脇にその高慢な女子がそびえ立っていた。
西園寺である。
ビシっと背筋を伸ばして腕を組み、俺を氷のように冷やかな目でじっと睨みつけている。
「な、なんすか?」
「キミのことは徹底的に調べ上げた。どうやら、恋人としかシないという危険思想を持つヘンタイだそうだな?」
「うっ……」
よりによって、西園寺に知られるとは。最悪じゃないか。
「なるほど、そこにいる恋人の星咲茜にも自らのヘンタイ趣味を押し付けるために、他の男とさせないよう怪我をさせたって嘘をついたわけか」
さすがは西園寺、鋭い。
いや、そんなことに感心してる場合じゃない。これはかなりマズイぞ……。
「ところで、1年の葛城美結から初体験の指名を受けたそうだが」
地獄耳かよ。
「いくらヘンタイと言えども、指名を断ることができないことはわかっておろう」
「それは……知ってますけど」
俺の苦渋に満ちた顔を見て、西園寺はニヤリと笑う。
「初体験の行為日は明日の昼休みと聞いている。不正なきよう、風紀委員長として立ち会わせてもらう」
「立ち会うって、そんな……」
「この学校でヘンタイは絶対に許さぬ! だから、しっかりと役目を果たすことだな!」
大声でそう言い放つと西園寺は真顔になり、長いさらさらした髪をなびかせながら立ち去って行った。
それは強烈な威圧感であった。俺はへなへなと腰がくだけて、その場に尻もちを付いてしまう。
「ああ、西園寺にロックオンされてしまった……」
「ねえ晴人、西園寺さんと何かあったの?」
「いや……」
茜は、下半身裸にされた俺が西園寺にキレたことなど、知るはずもない。
これまで生徒は皆、西園寺を恐れ平伏してたのに、俺だけが唯一の反逆者である。
まあ、あの時は俺もパニックで、どうしようもなかったのだが。
だが、おそらくあの件で、西園寺のプライドが酷く傷つけられたのであろう。
密かに俺のことを調べ、弱みを握った。
そんな執念深い西園寺に目を付けられたからには、もう逃げ道はない。
ああ、どうすればいい……。
「……晴人、私は全然気にしてないから」
茜がぽつりと言う。
「え?」
「だから、美結ちゃんって子の相手をしっかり勤めてね!」
「茜……」
茜は腰を屈めると、地面に座り込む俺に顔を寄せ、大きな瞳でじっと見つめてくる。
「だって、晴人には絶対退学になって欲しくないもん」
「あ、うん……」
「晴人がいない高校なんて……考えられないよ……」
その表情は、どこか複雑そうに見えた。
───そして、翌日。
運命の昼休みを迎えることとなる。
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