第3章 初体験のご指名
第14話 後輩からのご指名
それから数日間は、何事もなく過ぎていった。
俺のアレに興味を示して近寄ってくる女子も、すっかりいなくなった。
それは俺が、女子から絶大なる人気を誇る、高宮をぶん殴ったことが原因だ。
高宮の異常な性癖については、結局バレていない。ただ俺が、普通に性処理しようとした高宮を、理由もなく襲ったことになっている。
この世界の常識からすれば、それは極めて理不尽な行為としか見えないであろう。
そのため俺は性処理相手としても、女子たちから敬遠されるようになったらしい。
だがそれは、結果的に好都合であった。
誘いを断り続けて、西園寺に風紀違反だと目を付けられることもない。
俺には茜がそばにいれば、それでもう十分なんだ。
こんな平穏で幸せな毎日が、ずっと続けばいいのに。そう思っていた。
だが、そうは問屋が卸さないのである。
◇
その日の放課後。
教室の自席で、ひとりスマホでゲームをしながら茜の部活が終わるのを待っていると、いきなり健太が慌てた様子で駆け寄って来た。
「おい晴人、おまえに会いたいって
「はあ? 俺は女子から嫌われてるはずだが」
「それがな……どうやら、おまえにとっては極めてマズイ状況と言える」
「どういうことだよ?」
「とにかく、廊下にいるから会ってこいよ」
いったい、なんだってんだ。
俺は首を傾げつつ席を立って教室を出る。
そこには小柄でいかにも地味そうな、ひとりの女子がぽつんと立っていた。
ボブカットの黒髪で、太い黒縁のメガネをかけている。
俯きがちのため、その顔はよく見えない。おどおどとした雰囲気だ。
「この娘。1年の
健太が紹介すると、美結という女の子は黙ってこくんと頭を下げた。
まさか、アレの誘いであろうか。
いやいや、そうだとしても理由をつけて断ろう。今となっては簡単なことだ。
楽観してる俺をよそに、なぜか健太は神妙である。
「美結ちゃん、明日16歳の誕生日なんだ」
「へえ、それはおめでとう」
そういえば、16歳になればスルことができるって、健太から聞いたな。
「あ……ありがとうございます……」
か細い声で、美結が答える。
「そ、それで……」
「うん、なにかな?」
「……『初体験』の相手を、青空先輩にお願いできないでしょうか?」
へっ!?
こっちも初体験がまだだってのに、見ず知らずの女子と初体験の相手なんてできるはずもない。
なにより、初体験をする時の相手は……茜と心に決めてるんだ。
「いいいいや、それは。ちょっと無理かなあ……」
「そんな……困ります……」
「いや、そう言われましても……俺も困ります……」
申し訳なさそうに答えると、いきなり美結の目から涙が溢れ出した。
すっかり鼻声となって、ぽつりと呟く。
「どうしよう……」
えっ、えっ。どういうこと?
困惑する俺の腕を健太が引っ張って、美結から少し離れた場所へと連れて行く。
「あのな、おまえは違う世界から来て知らないだろうから、教えてやる」
「う、うん」
「この世界じゃ16歳になったら、女子は初体験の相手を自ら指名できるんだ」
「そうなのか?」
「指名された相手は、誰であろうとそれを必ず受けなければならない。それは国民の義務なんだよ」
「へっ、義務!?」
「罰則規定だってある。おまえもこの誘いを受けなきゃ、高校退学だけじゃ済まないかもな」
「はあっ……!?」
今度は俺が涙目になる番だ。
まさかこの世界に、そんなルールがあっただなんて。
「な、なんとか拒否できないのかよっ?」
「いいか。これは神聖な儀式なんだよ。女子がこれから誰とでもスルことができるよう、せめて初体験の相手だけは自分で選んで良いという計らいでもある。拒否なんてもってのほかだ」
そんな……。
無茶苦茶だ……。
呆然としていると、いつの間にか背後に美結が、ぴたっと忍び寄っていた。
「ひっ!!」
驚いて飛び上がる俺に、美結は俯いたままぼそりと言う。
「……あの、明日のお昼休み。1階のベッドルーム前で待ってますから……」
とんでもないことになった。
美結が去った後、俺は健太と緊急対策会議を開く。
「明日は風邪を引いたことにして学校を休んだら、彼女も諦めて他の男を探さないだろうか?」
「いいやダメだ。一度指名した相手は変えられない。それは校則で定められた厳格なルールなんだ。風邪ぐらいじゃ家に押しかけでも目的を果たすだろう」
「じゃあ、わざと車で跳ねられたりして、救急車で運ばれたら?」
「怪我がひどい場合は、完治するのを待つだろうな」
「それでも、猶予ができるってことか……」
「おい、本気で言ってるのか? 猶予ができても、いずれ初体験の相手を勤めなきゃならないのは一緒だぜ。マジレスすると、逃れるには死ぬしかないぞ」
「くっ。じゃあいっそ、校舎の屋上から飛び降りて……!」
自分でもなにを言っているのかわからない。
俺は汗をだらだら流しながら、爪を噛みしめる。
「おいおい。そんなに思い詰めなくてもシちゃえばいいだろ? 俺なんか指名されたことすらないから、羨ましい限りなんだけどな」
「いや、無理だって……」
健太はため息をつくと、気の毒そうに俺の顔を覗き込んだ。
「やっぱり、茜ちゃんが気になるってか?」
「うん……」
「でも茜ちゃんは気にしないよ? だって、それが普通なんだもん」
この世界の常識がそうであっても、俺にはどうしてもできない……。
「まったく面倒くさいなあ、おまえの世界は」
健太はそう呆れるように言って、ふと首を傾げる。
「……しかし、なんで美結ちゃんは、初対面のおまえなんか指名したんだろうな」
思えば確かに、それは謎だった。
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