第13話 ゲームコーナーで真実を知る

 それから茜と楽しく会話しながら、何気なくコンコースを歩いているうちに。

 気がつくとモールの突き当たりにあるゲームコーナーに辿り着いていた。

 そこは殆ど客の姿がなく、がらんとしている。


 今やゲームは、スマホやゲーム機でやる時代なのだ。ゲームコーナーが寂れてしまうのも、時代の流れであろう。

 入口に、こんな立て看板が置いてある。


『ゲームコーナーは5月末日をもって終了致します。長い間、ご愛顧頂きまして誠に有難うございました』


 それを見た茜は、なんだかとっても寂しげな顔をした。


「ここ、なくなっちゃうんだ」

「そうみたいだな」

「なんか、悲しいな」


 あれ、茜ってゲーム好きだったっけ?

 そんな趣味があるとは、これまで聞いていなかったが。


「そうだ! クレーンゲームやろうよ!」

「あ、うん。別にいいけど」

「晴人って、めっちゃクレーンゲーム得意だよね!」


 確かに俺は、かねてよりクレーンゲームに関しては絶大なる自信を持っている。

 それは子供の頃から、ひたすらやりまくったからだ。

 なので今では狙った景品は、ほぼ確実にゲットできるようになっていた。

 人に誇れるものがなにもない俺にとって、唯一の特技と言っていい。

 しかし、茜はなんでそんなことを知っているのだろう。

 あまりに地味すぎる特技ゆえ、誰にも話した覚えはないのだが。


 いきなり茜は駆け出すと、1台のクレーンゲームの前にへばりつき、俺に向かって早く早くと手招きする。

 近寄ってみるとそれは、擬人化されたペンギンが主人公のアニメ、『ぺんぺんファミリー』のぬいぐるみが入った筐体だった。


「懐かしいな、これ。まだあったのか」

『ぺんぺんファミリー』は、俺たちが子供の頃に流行った古いアニメだ。

「晴人、知らないの? 再放送されて、今や小さい子に大人気なんだよ?」

「へえ、そうなんだ。リバイバルブームってやつか」

「ねえっ! これやろうよ!」

「ああ、どれが欲しい?」

「えーっとね。奥にある、あのぺんぺん!」


 それは、『ぺんぺんファミリー』の主人公であるぺんぺんが、あせった表情で汗を垂らしてるぬいぐるみであった。


「なんか、あれ、晴人に似てる!」

「そ、そうか?」


 かなり奥のほうにあり、かつ埋もれているので、一度でゲットするのはさすがの俺でも難しい。

 だが、料金は1回300円。財布にあるのも300円。

 俺の額には、ぺんぺん同様に汗が浮かんだ。

 服は買ってやれなかったけど、これだけはどうしても茜に取ってやりたい。

 だが、1回きりのチャンスを生かしきれるだろうか。


 いや、やるんだ俺。

 俺は心を決めると、ぺんぺんに全集中する。

 コインを入れて、ボタンで慎重にアームを操作して。

 その時をじっと待ち、ここしかないというポイントでボタンから手を離した。


「どうだ!」


 アームがゆっくりと降りて行き、見事ぺんぺんを掴み上げた!

 と思ったら、アームからするりと抜け落ちる。

 しまった! と心のなかで叫んだ。


「あ……」


 茜が小さく、残念そうな声を上げる。

 ごめん、茜。俺って、プレッシャーに弱いんだった。ああ、自分が情けない……。

 そう悔やんだ次の瞬間。

 ぺんぺんのタグが奇跡的にアームに引っかかると、そのまま取り出し口まで一直線。

 見事、念願のぺんぺんをゲットできたのである。


「やったあ!」


 ぺんぺんを抱きしめて嬉しそうに飛び跳ねる茜。

 うんうん。俺もそれしきのモノで喜んでくれる茜が見れて嬉しいよ。


「ねえ、覚えてる?」

「ん、なにを?」

「10年前も、ここでこうして晴人がぺんぺんを取ってくれたんだよ」


 はて、と首を傾げる。

 そんな記憶は、残っていない。


「晴人は覚えてないか……ま、昔のことだし、しょうがないよね」

「えーと?」

「10年前の小学校の時に、私こっちに越してきたでしょ」

「ああ、そうだったな」

「あのときの私、いきなり友達から離れて、新しい町でひとりぼっちになって、すっごく寂しかったんだ」


 そりゃあ、まあそうだろうな。


「新居で使う家具を買うためにお父さんお母さんと、このショッピングモールに来たんだけど、私、迷子になっちゃって。このゲームコーナーでひとりきりでいたら、寂しいのと心細さが重なって、めっちゃ泣いてたの」


 あれ、なんだか微かな記憶が蘇ってきたぞ。


「そしたら、そこにひとりの男の子が現れた。男の子は泣いてる私の腕を引っ張ってクレーンゲームコーナーに連れてくると、ぺんぺんのぬいぐるみを一発で取って、黙ってそれを私にくれたんだ」


 確かそんなことが、あった気がする……。


「なんかね。むちゃくちゃ嬉しかったのを覚えてる。すっごく元気が湧いて出た。そのぺんぺんは帰り道で落としちゃったけど……」


 落としたんかい。


「翌日、隣の家に引っ越しの挨拶に行ったら、びっくり。その男の子がいたの! それが……」


 茜は人差し指で、俺の胸を軽く小突く。


「晴人。君だったんだよ」


 そうして茜は、むちゃくちゃ照れ臭そうに笑みを浮かべた。

 俺はといえば、かなりじーんときている。


「……あの時から、晴人は私のヒーローなんだ」


 そう言うと茜は、自ら顔を寄せると……俺のほおにそっとキスをした。

 

 こんな世界で、寂れたゲームセンターの隅っこにあるこの場所だけが、今やひたすらピュアな空間なのであった。


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