第2章 汗だくの初デート

第12話 初デートはショッピングモールで

 その日の昼休み。

 高宮先輩の魔の手から救った茜と、食堂で弁当を食べていると───。

 今日も鮫島が姿を現した。

 ポケットに手を突っ込み、睨みを利かせ肩を怒らせながら、俺たちに向かってまっすぐ接近してくる。


 やばい。奴の狙いはわかっている。 

 ふたたび俺の唐揚げを奪い、茜をベッドルームに誘うに違いない。

 なんせ奴は不良なのだ。茜の怪我のことなど気にもしないだろう(まあ、嘘なんだけど)。


 俺はあたふたしながらとっさに、ランチボックスに入った唐揚げを右手、そして茜の顔を左手で隠した。

 いやいや、唐揚げはともかく、茜は全然隠せていないが。

 見るからに奇妙な体勢となった俺に、鮫島が怪訝そうな顔をする。


「よう、それってなんかのパントマイムか?」

「え、えっと……」

「まあ、いいや。それより」

「あ、茜とスルのは無理だから!」


 はあ? と言って、鮫島は首を傾げる。


「別に誘わねーよ。さっきシタばっかだから、今はそんな気ねーし」

「じ、じゃあ、なんだよ?」

「おまえ、高宮先輩のこと、ぶん殴ったんだってな」


 ああ、そのこと。

 もう、学校中に拡散してるのか。


「理由があってな。あいつは俺が、ぶっコロすつもりだったんだが」

「え?」

「だけど、おまえみたいなモブに、先を越されるとはよ」


 鮫島は、はあ~と息を吐いて、忌々しげな表情を見せる、が。


「だけどまあ、1ミリくらいは、お前のこと見直してやるぜ」

「は?」


 鮫島の口から、そんな言葉が飛び出すなんて。

 俺が唖然としていると、鮫島は隙ありとばかりに素早くランチボックスに手を伸ばし、唐揚げをかっさらう。

 そして、にやりと不敵な笑みを浮かべ、唐揚げを口に頬張りながら立ち去っていった。


「なんだったんだ」


 茜も不思議そうだ。


「鮫島くん、高宮先輩となんかあったのかな?」

「いや、わからん。表向きはカーストトップの人気者と孤高の不良。接点があるとは思えないが……」

「でも、鮫島くんの言う通りだよ」

「は?」

「助けてくれて、ありがとう。あのヘンタイ高宮先輩をやっつけるなんて、私も晴人に感動した!」

「いやまあ、あれはその、勢いで……」


 そう。

 今となっても、高宮先輩を倒したことが信じられない。

 というか、人を殴ったことすら人生で初めてなんだから。

 モブはモブなりに、これまで極力目立たず、トラブルから回避し続ける人生を歩んできたのだ。

 徐に茜は両手で頬杖をつきながら、俺の顔をじっと見つめる。

 その目はなんだか、とっても優しげだ。


「な、なんだよ?」

「ねえ、今日の放課後。デートしよっか」

「デデデデート!?」


 思わず声が裏返る、俺。


「……だってさ、付き合ってるのに、まだデートもしてないんだよ?」

「あ、ああ。まあ、そうだけど」

「じゃあ決定! 念願の初デートだね!」


 喜ぶ茜と裏腹に、俺はやたらめったら緊張していた。


 

 そして放課後。

 俺と茜は学校近くの、大型ショッピングモールに来ていた。

 俺が前にいた世界でもそうだったが、ここはうちの生徒のデートスポットとして有名である。

 ある意味、カップルたちの聖域ともいえよう。

 それが故、ぼっちは決して近づいてはならぬエリアとして、事実上の立ち入り禁止区域となっていた。

 なので俺も、高校に入ってからここへ来るのはもちろん初めてだ。

 小さい頃は両親と一緒によく買い物に来ていたが、それはもうすっかり記憶の彼方である。

 久々に見るショッピングモールは、ずいぶん洒落た雰囲気に進化を遂げていた。

 やはり、うちの高校の制服を着たカップルを、あちこちで見かける。

 誰もが体をぴったり寄せ合って、イチャイチャしている。


「ねえ」


 そう言って、茜が俺に向かって右手を差し出してきた。


「ん?」

「手、つなごうよ」

「あ、ああ」


 手を繋ぐくらい……なんてことはないさ。

 だけど、改めてつなごうと面を向かって言われると、なんだかとっても緊張する。

 俺はごくごくさり気ない雰囲気を装って、だが、ドキドキしながら茜の手をかるーく握った。


「ふふっ」

「な、なんだよ?」

「晴人の手、すっごく汗かいてる」


 俺はあわてて手を離し、シャツで汗を必死に拭う。


「大丈夫だって。気にしないから」


 茜は俺の左手を自分から掴むと、しっかと恋人繋ぎで握りしめた。

 茜の手の暖かくって柔らかい感触が、脳天へとダイレクトに伝わってくる。

 ううっ。

 なんだこの、湧き上がる多幸感は……。

 

 だが、そんな高揚した気分も一転。

 コンコース沿いに設置されたベッドルームを見つけて、気分が急降下する。

 そうか……茜と手を繋いではしゃいでる場合じゃないんだっけな……この世界は。

 そう思い直した矢先。

 俺は、新たな衝撃の光景を目の当たりにすることとなる。

 向こうから歩いてきた仲の良さそうな、おそらく若夫婦の旦那さんに向かって、買い物袋を手にした中年のおばさんが声を掛けた。


「あの、すみません。旦那さんをお借りしてもいいですかねえ」


 そう言って、平然とベッドルームを指差すおばさん。

 奥さんは、ごく当たり前のように、にこやかに返事する。


「ええ。どうぞ、ごゆっくり」

「じゃあジュンちゃん、ちょっと待っててね」

「うん、行ってらっしゃーい」


 なんの抵抗もなく、笑顔で手を降る奥さん。

 そして旦那さんは中年のおばさんと連れ立って、ベッドルームへと消えていった。

 はあっ!?

 ってことは……。

 カップルで歩いてても、頼まれたらシなきゃならないってこと!?

 これじゃ、デート中の今だって全く気を抜けないじゃないか。

 さすがにカップルに対しては、みんな遠慮するだろうと勝手に考えていた。

 だがそれは、俺の希望的観測に過ぎなかったようだ。

 なんせここは、性の概念が全く異なる世界なのである。

 

 幸せの絶頂から一転、絶望の鼓動が心臓を打ち鳴らし始めたその時。

 俺は茜に手を引っ張られて、ガールズ向けのアパレルショップに連れ込まれた。


「ねー見て! かわいいのがいっぱいっ!!」


 いや、ここも危険がいっぱいだよ……。


 茜はハンガーラックから、アースカラーのワンピースを手に取ると、無邪気にそれを体の前に当てる。


「どう? 似合うかな?」

「う、うん。めっちゃ似合ってるよ」


 確かにその服は、お世辞抜きで茜に似合っている。

 いや、かわいくてスタイルのいい茜は、どの服を着ても似合うに違いない。

 家が隣同士とはいえ、最近じゃ学校でしか茜を見ることはなかったから、制服姿しか覚えがない。

 だからこそ、普段と全く雰囲気が異なる私服姿の茜を妄想すると……なんだか萌えてしまう。


「じゃあ晴人、これ買って」

「は?」

「初デートの記念に、お願い!」

「い、いくらですか?」

「えーと、1万5千円だね」


 あわてて財布を出すが出てきたのは、100円玉3個。

 お金を遣うのはジュースくらいなので、普段は持ち合わせていない。

 さて、どうすればいい。

 なけなしの貯金でなんとかならないだろうか……いや、あれはこの前新型ゲーム機を買うのに遣ったばかりだ。

 小遣いが5千円だから、3ヶ月飲まず食わずすれば……無理だ。

 じゃあ、いっそバイトでもして……。

 財布を開いたまま固まっていると、茜はぷっと吹き出した。


「なーんて、嘘」

「は?」

「ちょっと晴人のこと、からかってみただけ」

「あ、そうなのか」

「ホント、晴人って真面目だよねー」


 いたずらっぽい目でクスクス笑う茜。

 そんな茜も……やっぱりかわいいのである。


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