第11話 高宮の正体


** 茜 side **

 

「高宮先輩、なんでこんなところに……」

「いや、本当に申し訳ない。誰にも邪魔されずに茜ちゃんとゆっくり話ができるところが、ここしか見当たらなかったんだ」


 気づいたら、いつの間にか高宮先輩とベッドルームに来ていた。

 どうしてか、高宮先輩と話していると、すっかり相手のペースに乗せられてしまう。

 なんか、無意識に心を引き寄せる特別なオーラを放っているっていうか。

 そばにいると、頭がぼーっとしてしまって……。


 いや。駄目。

 しっかりしなきゃ。

 私には晴人がいる。あのことがキッカケで、ずっと好きだった晴人が。

 その晴人とやっと、付き合えたというのに。


「すみません。やっぱり私、教室に戻ります!」


 部屋を出ようとした私の腕を、高宮先輩がぎゅっと掴んだ。


「待って」

「告白は嬉しいですけど、先輩の気持ちにお答えすることはできません!」

「それは、あの彼氏がいるからかい?」


 そう言って、高宮先輩は顔を曇らせる。


「好きな彼女に怪我を負わせるような男は、最低だと思うんだが」

「それは……!」


 それは、全部嘘だと言いたかったが……。

 晴人がヘンタイだってことが、バレてしまう。

 学校中の噂となって、晴人を苦しめるようなことはしたくない。


「そんな酷い男なんかより、俺と付き合ったほうが幸せになれるよ」

「と、とにかく! それでも晴人はカレなんです! 晴人と一緒にいるのが、一番幸せなんです!」

「いや、それは間違っている」


 高宮先輩は、ぐっと私に顔を近づけてくる。


「君を幸せにできるのは、俺しかいない」


 ああ、まただ。

 頭がぼんやりしてしまう……。

 体が思うように動かない状態で、高宮先輩は私をそっと抱きかかえるとベッドに寝かせた。

 そして、さりげなく私の上にのしかかってくる。


「さあ、リラックスして」

「なんで……こんな……」


 高宮先輩が、唇を寄せてきた。

 ああ、キスはだめ……。

 必死に顔をそむけようとした、その時。

 高宮先輩が右手にスマホを持っていることに気が付いた。

 あれは……カメラ!?

 はっとして、高宮先輩を突き飛ばし、上半身を起こした。


「痛ッ……急に、どうしたんだ?」

「い、今っ! カメラで撮影しようとしてましたねっ!」


 しまった、という顔をする高宮先輩。

 手に持ったスマホを、口を歪めて見つめた。


「気づかれちゃったか……」

「どういうことですか!」


 高宮先輩はベッドに座り込むと、ふうと息を吐いた。


「やれやれ、仕方がないな」


 さっきまでとは打って違って、忌々しげな顔だ。


「実は俺、キスが好きなんだ」

「はあっ!?」

「だって、ヤルのは誰とだってできるだろう。そりゃ、言い寄ってくる女子はたくさんいるけど、結局ヤルのは一緒。もう、飽きちゃったんだよ」

「飽きたって……」

「こんな世界で唯一、愛を感じられるのはキスなんだ。キスこそが愛の証明であり、心が本当に通じ合える唯一の手段なのさ」

「だからって、なんで撮影するんですかっ!」

「愛し合った証拠だよ! それを保存しておきたいんだ! それのどこが悪い!?」


 今や茜の頭の中は、怒りしかなかった。

 この男はヘンタイだ。

 いや、晴人もヘンタイだけど……。

 それより、もっとタチが悪い。


「哀れな人ですね!」

「なんとでも言うがいいさ」

「とにかく、私のファーストキスは、高宮先輩なんかにあげませんからっ」

「いいや、頂くよ。この世界で最も尊い至高のキスを君から奪う」


 ベッドの上で両手を、無理矢理押さえつけられる。


「きゃあっ!!」

「抵抗しないで。君もいい気持ちになれるから……」


 その時だった。

 突然、ドアが蹴破られる。

 はあはあ言いながら姿を現したのは……晴人だった。


「話は全部、聞かせてもらったぞ!」


 

 


 目の前には、ベッドの上で高宮先輩に無理矢理キスされる寸前の茜。

 まさに、危機一髪のシチュエーションであった。

 高宮先輩は俺の姿を見ると、驚いたように飛び上がる。


「な、なんだ君は! ベッドルームに乱入してくるなんて!」

「それが、何か?」

「じゅ、重大なモラル違反、いや校則違反だぞっ!! 西園寺が黙っちゃいないからなっ!!」

「ええ、そうですね。それは覚悟の上ですよ」


 俺は、ゆっくりと高宮先輩に近寄る。


「でも、茜に酷いことをするやつは……」


 最大限となる怒りのパワーを拳に込めて、高宮先輩の顔を思いっきりぶん殴った。

 

 バゴッ!!!!

 

 意外にもあっけなく、ノックダウンする高宮先輩。

 床に伸びた高宮先輩に向かって、俺は決め台詞を吐いてやる。


「この俺が、黙っちゃいませんからっ!」


 あれ?

 俺、モブなのになんだかカッコ良くないか?

 そんなキャラじゃ、ないはずなんだが。


「晴人……」


 ベッドから起き上がった茜が、潤んだ目で俺を見つめている。


「茜、大丈夫か?」


「うん……」

「じゃあ、行こうか。食堂へ弁当食べに」

「う、うん!」

「今日も、ハンバーグと唐揚げある?」

「もちろん、あるよ!」


 そうして俺と茜は、堂々とベッドルームから退出したのだった。

 

 


 ……暫くして。

 高宮は倒れたまま、ほおを押さえながらひとり呟いた。


「くそっ。俺は諦めないぞ……」


 そこへ、ひとりの女が部屋にずかずかと入ってくる。

 腕を組み、冷ややかな目で高宮を見下ろした。


「全く、無様なこと」

「西園寺……」

「あの男は、私がなんとかする。お互いの利益のためにね」


 ───ベッドルームで密かにそんな会話が交わされていたことなど、その時の俺は知る由もないのである。


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