第10話 屈辱の生徒会長室

 西園寺の実家は、代々に渡る地元の名士だ。

 祖父と父親は国会議員であり、国政において強大な権力を握っている。

 そのため学校でも、西園寺優華里は特別な存在であった。

 生徒たちを統括する絶対的君主であり、逆らうことは決して許されない。それがこの学校での暗黙の了解である。

 

 俺が連行された先は、生徒会室だった。

 窓側に、ロココ調の古めかしくも立派なデスクがある。

 西園寺はそのデスクを前にして、革張りのリクライニングチェアに深く腰掛けると、長い足を組んだ。

 そして、部屋の真ん中に立たされた俺を、細目でじっと見つめる。


「さて、青空晴人。キミがここに呼ばれた理由はわかるかしら」

「さ、さあ……?」


 西園寺は、ふうと大きくため息をつく。


「キミは重大な風紀違反をふたつも起こしていることに、気づいていないわけ?」

「ふたつの風紀違反?」


「一点目。異性からの性行為要求に対し、頑なに拒絶し続けていること」


 はあ……。

 この世界の学校じゃ、誘いを断るのは風紀違反になるってことか。


「これは世間的モラルの観点から鑑みても、決して許される行動ではないと考える」

「いや、それは……」

「二点目!」


 俺の言葉を遮るように、西園寺は声をあげた。


「拒否し続けているにも関わらず、特定の女子である星咲茜には行為を強要し、あまつさえ行為中に怪我を負わせたこと!」


 茜に行為を強要?

 なんか話に尾ひれがついて、俺の良からぬ噂が拡散しているらしい。


「キミは、まさに女の敵と言えよう」


 西園寺は俺を虫けらを見るような目で睨みつける。

 俺は必死に言葉を探した。


「いや、待ってください! それはいろいろ誤解があるようで」

「黙れ」

「は、はい……」


椅子から上半身をゆっくりと起こした西園寺は、デスクに片肘をつくと手に顎を乗せ、眉をひそめた。


「……聞くところによると、星咲茜に怪我をさせたのは、アレが大きすぎるせいだとか」

「あ、いや」

「しかも、自由に大きさを変えられるスキルがあるそうではないか」

「それは、勘違いで」

「ごまかすな! かような異常なモノを所有するとなれば、学校の風紀にも今後甚大な影響を及ぼしかねん。よって予防策を講じるに当たり、私がどのようなモノであるか、まずは確認しておく必要がある!」

「は、はあ?」

「そこでズボンを脱いで、見せてみるがいい」


 なに言ってんだ、このひと!?

 人前でアレを見せろだって!?

 冗談じゃない。まだ誰にも見せたこともないのに。

 よりによって西園寺に、最初に見られるなんて。

 そんな恥辱、耐えられない。


「どうした。拒絶するなら無理矢理でも脱がせるぞ」


 俺の後ろで直立していた、ふたりの格闘系女子が素早く動くと、俺のズボンを両側から掴み上げる。

 見られるのは嫌だが、脱がされるのはもっと屈辱だ。


 そう、こうなったのも。

 茜の貞操を守ろうとして俺がついたデタラメな嘘が原因。

 そのせいで、俺は酷い罰を受けようとしている……。

 俺は観念した。

 これは贖罪なのだ。


「ぬ、脱ぎますから、その手を離して……」


 格闘系女子から解放された俺は、大きくため息をつくと。

 まず、ズボンを脱いだ。

 そして、パンツも。

 俺のアレに集中する視線。

 生徒会室は、重い空気に包まれる。

 沈黙を破ったのは、西園寺だった。


「……ほう。それが、スキルによって一番小さくした状態か。そのようなモノは未だかつて見たことがない。さすがだな」


 西園寺はいかにも感心したように、そう言うが。

 なんたる屈辱であろうか。

 見られたダメージより、西園寺の言葉による精神的ダメージがとてつもなくデカイ。


「じゃあ、今度は大きくしてみろ」

「……それは、無理です」


「なぜだ。スキルを使えと言っておるのだ」

「こんなところでみんなにガン見された状況で、大きくなんかできるわけないでしょう!」


 俺はキレた。

 だが、ある意味言ったことは正しい。


「無理矢理強要するのもモラル違反じゃないんですかっ! 風紀委員長が、自ら風紀を乱してることになりませんかっ!!」


 やけっぱちになって、つい怒鳴ってしまった。

 西園寺は驚いたように大きく目を見開くと、ふと目をそらす。


「その、粗末なモノをしまいなさい」


 俺は速攻でパンツをずり上げる。


「私に反抗した者は初めてだ。キミのことは今後も監視させてもらうぞ」


 そう言う西園寺は、さっきと比べてどこか穏やかに見える。

 いや穏やかと言うか、どこかはにかんでいるような……?

 いやいや、そんなわけない。

 ともあれ俺は、なんとか解放されたのであった。


 俺は生徒会室を飛び出すと、急いで教室に戻った。

 だが教室に、茜と高宮先輩の姿は見当たらない。

 あわてて、席で弁当を食っている健太に詰め寄った。


「おい健太、茜がどこへ行ったか知ってるか?」

「ああ、茜ちゃんならさっき、高宮先輩と一緒に教室出てったな。行き先はわからんけど」


 俺は唇を噛みしめる。

 まずいぞ……。


「高宮先輩ってどんな人だよ?」

「えーと、イケメンでスポーツ万能、成績優秀、正義感が強くて女子から超人気者ってとこだろ」


 それは知ってる。

 一見、まるで非の打ち所がないってのは。


「違うんだ。もっと隠された裏の顔とか知らないか?」

「例えば……実はヘンタイで、ヤッた女子のパンツを戦利品として集めている、とか?」

「そうそう……って、それ本当か!?」

「いや。そんな話、聞いたことがない。俺の妄想」

「おまえな」

「とにかく、あの人は誰に聞いても、いい噂しかないぞ?」


 世の中に、そんな完璧な男子がいるだろうか。

 だいたい高校生でイケメンで女子から絶大な人気を誇っていて、とくれば女グセが悪かったりするもんだ。

 だが、この世界じゃ……。

 考えてみれば、アレはいつだってし放題だから、女子を取っ替え引っ替えしたりしてヤリ逃げする必要もない。


 じゃあ、高宮先輩は本当に茜のことを?

 どうしよう。

 俺なんかじゃ、敵いそうもない。

 頭を抱えていると、後ろから彩夏に声をかけられた。


「あのさ、青空くん。ちょっと聞きたいんだけど」

「いや、今はそれどこじゃなくて」

「茜に怪我させたってのは、もしかして嘘?」

「はっ?」

「だって、今。茜が高宮先輩とベッドルームに入っていくとこ見たんだけど」

「なんだって!」

「怪我してる茜にスルなんて、あの優しい高宮先輩がそんなことしないと思うんだけどなあ……」


 俺は、ダッシュで教室を飛び出した。


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