第7話 この世界は正しいのであろうか
校舎を出て、ひとりとぼとぼ歩いていると、校門に健太の姿があった。
「健太、こんなところで何してるんだ?」
「晴人を待ってたんだよ。一緒に帰ろうと思って」
「彩夏ちゃんはどうした? 追っかけただろ」
「勢いで告ろうかと思ったんだけど……結局、声かけられなかったわ」
「そうか、そりゃまあ仕方ないな」
「所詮、俺はモブキャラだし、無理に決まってるぜ……」
健太はがっくりと肩を落とすと、駅に向かって歩き出した。
俺も肩を並べて健太に付き合う。
「まあ、気を落とすな。いつかチャンスがあるって」
「そう言うおまえはいいよな。今回の件でモブ脱却したし」
「はあ?」
「アレが異常にでかいという事実が発覚した今や、女子の間ですっかり注目の的だろうが」
「そ、そうは言ったって、別にモテてるわけじゃない」
「そうだけどよ、なんか俺、変なんだよな」
妙に困惑した顔をしている。
「おまえを誘う彩夏ちゃん見てたら、なんか嫉妬しちゃってさ。おまえと彩夏ちゃんがシタって、それはただの生理現象のはずなのに、なんでこんな気持ちになるんだろ……」
いや、俺の世界じゃそれが正解だから。
しかし健太がそんなこと言い出すなんて。
「俺、ヘンタイになっちまったんだろうか?」
「いやいや、違うと思うよ。俺にとってはそれが当たり前だし」
「は? おまえってヘンタイだったの?」
もうこれ以上、黙っているわけにはいかなそうだ。
親友の健太には、正直に全て話しておこう。
「信じてもらえんかもしれんが……俺、どうやらパラレルワールドに転移したらしい」
「は? おまえ、中二病か?」
「本当なんだって。今朝起きたら、貞操観念が全く異なる世界にいたんだ」
「おい晴人、いくら親友でもバカにするなら怒るぜ?」
「親友なら、信じてくれ」
「はいはい。で、前の世界はどんなところだったんだ?」
「もよおしたとしても誰とも普通にアレなんかしやしない。基本的には恋人や夫婦の間で同意の上スル。無理強いなんかしたら、犯罪だ」
健太は目を丸くして、俺の顔を見つめた。
「そんな狂った世界なんてあるかよ! じゃあ、我慢できない場合、どうすんだ?」
「それは……それでも我慢したり、自分でその、シたりして……」
「なにそれ。めっちゃ不便じゃん! 性的弾圧社会のディストピアじゃん!!」
そう言われると、俺にも何が正解なのか、わからなくなってしまう。
「……とにかく、昨日まではそれが当たり前の世界だったんだ。だからこっちに来てから、カノジョの茜が誰とでもスルのをどうしても我慢できなくて……それでアレがデカくて怪我させたと嘘ついて、男子から茜を遠ざけようとしたんだよ」
「えっ! おまえ、茜ちゃんと付き合ってるの!?」
「ああ、昨日告白に成功した」
「で、アレがでかいってのも嘘!?」
「どっちかって言うと……小さいほうかもしれん……」
健太は足を止めてぽかんとした様子で俺を見つめていたが、やがて悟ったように俺の肩をぽんぽんと叩いた。
「どうりで今朝から様子がおかしかったわけだ。信じてやるぜ、おまえの話」
「お、おう。サンキュ」
気づくと、駅のそばにある裏通りに来ていた。
昨日まで、そこは怪しげな店が立ち並ぶフーゾク街で、学校から生徒の立ち入りを禁じられていた場所だったはず。
だが今や、すっかり様相が異なり、洒落たカフェやアパレルショップが軒を並べている。
「あれ、ここって……」
俺は唖然として、あたりを見渡した。
「どうしたよ、晴人」
「この世界には、フーゾクとかないのか?」
「フーゾク、なんだそれ?」
「お金払って、異性からいろんなサービス受ける18禁の場所」
「は? わざわざ金払うの? なんで?」
そう問いかける健太の目は、ある意味少年のように純粋である。
「こっちじゃ、誘えば誰とだってできるのに、おまえの世界はホントやっかいだなあ」
「そうは言っても、こっちには純潔という精神があってだな……」
「だって、シタって別に減るもんじゃないし」
「いや、そのセリフは俺の世界じゃ、女子に最も嫌われる禁句だ」
「はあ? じゃあ、晴人。おまえ、ションベンしたらアレが減るのかよ?」
う……。
貞操観念が違いすぎて、話にならない。
しかし、フーゾクがないってことは、性犯罪なんかも起きないんだろうか。
そう考えると、やっぱりどっちの世界が正しいのかわからなくなってくる……。
いやいやいや、待て。
やっぱり、スルことを普通の生理現象と一緒にするのはおかしいって!
茜には誰ともシテ欲しくないし、スルとしたら恋人なった俺が、じっくり愛情を育んでいって……自然とそうなるべきだ
だから……茜の貞操は必ず守る。
俺は改めて、決意を新たにするのであった。
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