第5話 茜から男どもを遠ざける方法

 その日の午後は、何事もなく過ぎていった。

 授業中、茜は何か言いたげに、ちらちらこちらを見てきたが、俺はあえて無視をした。

 休憩時間にはクラスの男子に対して、力の限り茜に近寄るなオーラを放ったのが功を奏したのかどうかわからないが、とりあえず、誰も茜を誘うことはなかった。


 そして、帰りのホームルーム。

 ルミ先生は、ひととおり連絡事項を説明すると、教室を見渡した。


「今日はこれで終わりだけど、他に何かあるかしら?」


 俺は、この瞬間を待っていた。

 ビシっと、手を垂直に上げる。


「ちょっと、いいですか?」

「あら、青空君。どうしたの?」


 俺は席を立つと、つかつかと教壇に向かい、胸を張ってクラスメートを見渡した。


「男子諸君に、伝達事項がありますっ!」


 一介のモブであり、これまでの人生において、人前で大声を張り上げる経験などなかったから、心臓がバクバクしている。

 でも茜のために、俺はやるんだ。


「実は、昼休みに茜、いや星咲さんとシタのですがっ」


 きょとんとしてる茜の顔が見えた。


「行為中に怪我をさせてしまいましたっ。星咲さん、誠に申し訳ございませんっ!」


 教室が、ざわめく。

 まあ、当然だ。

 常に冷静なルミ先生が珍しく、慌てている。


「えっ! 怪我ってどういうこと?」

「はい、どうやら俺のアレが大きすぎたようです。それで大流血です!」

「だ、大流血って……星咲さん、体のほうは大丈夫なの?」


 ルミ先生が問いかけるが、茜はぽかんと口を開けたままフリーズしている。

 俺は構わず続けた。


「だ、大丈夫です! 救急キット使って、なんとか応急的に処置しましたから。だけど……」

「だけど?」

「傷はかなり深いです。しばらくは治療に専念せねばなりません!」

「なんてこと!」


 そこで俺は、わざとらしくも思いっきり深々と頭を下げる。


「本当に申し訳ございませんでしたっ! 俺のアレが、でかすぎたばかりにっ!」

「そんなに……大きいの?」


 なぜかルミ先生は顔を赤らめながら、俺の股間をさりげなく見つめた。


「はい! こればっかりは自分じゃどうしようもなく大きすぎて困りもんなんです!」


 もちろん、全くのデタラメである。


「それで本題なんですが、星咲さんはしばらくの間、スルことができない体となってしまいました!」


 まあ、と言ってルミ先生が口を手で押さえる。

 教室のざわめきも頂点に達した。


「というわけで、星咲さんの体調を考慮して、男子のみんなには星咲さんとスルのを控えて頂きたい、そのように提言させていただきます!」


 そこで俺は深々と一礼すると、一目散に自席へ向かって直行する。

 ああ、みんなの視線が痛い、痛すぎる。

 

 席に戻るなり、茜がパニクったように小声で問いかけてきた。


「ちょ、ちょっと! いったい、どういうつもりよ!?」

「いや……いいんだ、これで」


 そう。

 これでしばらくの間、さすがに男子は茜を誘うことができないだろう。

 我ながらあまりにも酷い奸智ではある。

 だが、これでひとまず学校においては、茜の貞操が守られるはず。

 俺は満足だった。


 ───しかし。

 俺が巨根であるという噂は、たちまち学校中のネットワークを駆け巡ったのだった。

 それが新たな火種を生むことに、その時の俺はまだ気づくはずもない。

 

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