第4話 茜とベッドルームへ。そして決意する。
頭の中が空っぽのまま、茜に連れられてベッドルームに入ってしまった。
ベッドルーム内は、トイレのような個室の扉が並んでいる。
茜はパネルに「空室」と表示された扉を開けた。
「先にどうぞ」
「う、うん……」
そこはネカフェのペアシートくらいの小部屋だった。
真ん中にベッドがある。脇の小さなテーブルには、ウエットティッシュと……ゴム。
壁側には真新しいシーツが、うず高く積み上げられていた。
床には、衣類入れのカゴがふたつと、使用済みのシーツやゴムを入れる大きめの仕分け箱。
そして、壁には「キスは厳禁」「綺麗に使用しましょう」と書かれた張り紙がある。
ん?
キスは厳禁ってことは、アレはシテもキスはダメ、という暗黙のルールがあるのか。
こういったところで、愛情を伴う行為か、単なる性処理としての行為かの区別がされてるのかもしれない。
しかしまさにここは、スルためだけに用意された部屋と言えよう。
隣の部屋からは、男女のシテる最中の声が聞こえてくる。
なんとも生々しくって、頭がくらくらした。
「あーあ。また前の人、シーツ替えてない。サイテー」
そう愚痴をこぼしながら茜は手際よく、ベッドのシーツを取り替えていく。
その手慣れた様子を見てると、どすんと心が重くなった。
そうか……やっぱり、そうだよな。
茜も毎日、誰かとベッドルームでシテるんだ。
茜だけは違うんじゃないかっていう、根拠ない願望がガラガラと音を立てて崩れ落ちる。
「昼休み、あと10分しかないから急ぎましょう」
その声は、きわめて事務的だ。
顔だって、無表情。
シーツの取り換えが終わると、茜は改めて俺のほうに向き直った。
「じゃあ、はじめよっか」
そうして、シャツのボタンを上からひとつずつ外していく……。
そこでようやく、俺は我に返った。
「ま、待って!」
「どうしたの? 晴人も早く脱ぎなよ」
「い、いや、そうじゃなくって!」
俺は必死に言葉を探した。
「さ、さっき、ここへ行こうって誘ったのは、茜とシたかったわけじゃないんだ!」
「はあ?」
茜はボタンを外す手を止めて、ぽかんとした顔で俺を見る。
「もよおしてたんじゃないの?」
「あ、ああ」
「じゃあ、どういうつもり?」
腰に手を当てて、キッと睨む茜。
はだけたシャツの間から、形の良い胸を包む白いブラが見えてて……目のやり場に困る。
「シたくもないのにベッドルームに誘うなんて……さっき、あんなこと言われてすっごく傷ついたけど、晴人のためって思い直して、頑張って声かけたんだよ!」
「う……」
「晴人って、私の気持ち、全然わかってないよね!」
怒ったその目からは、涙がこぼれ落ちている。
また、茜を泣かしてしまった。
はあ。
俺、どうすりゃいいんだ。
茜はシャツをはだけたまま、泣きながら俺を睨んでいる。
こうなったら……もう、本音を話すしかない。
パラレルワールドに転移したことを説明しても、おそらく理解できないだろうし混乱するだけだから、いっそ単刀直入に行こう。
「俺は……茜に誰ともシて欲しくないんだ」
その意味がわからないのか、茜は急にきょとんとする。
「さっき、鮫島が茜を誘っただろ」
「うん」
「でも俺は、茜が鮫島とスルのがどうしても許せなかった」
「スルのが許せない?」
「だから、俺から茜を誘えば茜は鮫島の約束を断る、そう考えたんだよ」
茜は全く理解不能とばかりに、目をぱちぱちさせた。
「なんで? だって鮫島くんとは、ただの生理現象の処理相手だよ。それが、どうして許せないの?」
「どうしてって言われても、俺は茜が他の男とスルこと自体が嫌だ」
「意味わかんない。それって、トイレ行くなって言ってるのと一緒だよ?」
「いや、トイレは我慢できないだろ」
「アレだって、我慢するもんじゃないでしょ?」
「俺は……我慢しようと思えばできるが」
「はあ? そんな人って、この世の中にいる?」
「とにかく、シテいいのは愛する人だけ。それが俺のモットーなんだ」
茜は驚いた顔で、二、三歩後ずさった。
「もしかして晴人って……ヘンタイだったの?」
はあ、そっちすか。
この世界じゃ俺の考え方は、ヘンタイになるのか。
「俺は、ヘンタイなんかじゃない」
ヘンタイは、みなそう言うが。
「とにかく。茜には、もう誰ともシないで欲しい」
俺はベッドに飛び乗ると、全力で土下座した。
「頼む! このとおりだ!」
頭上のスピーカーから、キンコンカンコンという昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響く。
顔を上げると、茜はかなり困惑したような目で俺を見ていた。
「あのね……」
「うん、なんだ?」
「私、晴人のこと、ずーっと好きだった。告白されて、とっても嬉しかったの」
「あ、ああ」
「でも、そんな考えを持ってる人だとは知らなかった……」
俺は何も答えられない。
「なんか驚いちゃって、どうしていいかわからないけど、でもね」
茜はベッドに手を付くと、いきなり顔を寄せてきた。
そして、耳元でささやくように言う。
「それでも、晴人のことは好き」
その言葉にめっちゃ、じーんとする。
頭の中が、真っ白になる。
てか、これだけ顔を近づけられて、茜に好きって言われたら誰だって昇天するだろう。
「あ、やばい。教室戻らなきゃ」
我に返ったように茜は立ち上がると、そそくさとシャツのボタンを閉じ始めた。
「……だけどやっぱり、誰ともシないって約束はできない。それはモラルに反することだから」
「うっ」
「ほんと、ごめんね」
そう言い残すと、茜はひとりベッドルームを出ていった。
残された俺。
ベッドの上で正座して、じっくり考えを整理し、そして決意した。
茜の貞操は、俺が守る。
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