第19話

国内での祝勝は盛大に行なわれる事になった。皇城での祝宴には、同盟国や友好国から国賓が通訳を伴って大勢訪れるらしい。皇城で働く人達だけでなく、国民全員が忙しく準備に立ち働いていた。


私はといえば、ハデス様とのやり取りをお父様とお兄様以外の人もいる場所で話してしまった為、ハデス様とペルセポネー様から祝福を受けた子供だと広く知れ渡る事となっていた。


私は戦の後の治癒で受けた嘆きに心を翳らせて冥府を訪れ、ハデス様から、「アルストリネ王国の鉱山資源が手に入れば暮らしは楽になると盲信した者や、その為に剣なり槍なりを手に取って害をなした者のみに流行り病を許した」と教えて頂いた。


そして、「お前は救わなかったのではない、救いようのない民だったのだ」と言われた。


ハデス様に「この違いがいつか分かる時が来ることを、そして今は己を癒すことを願う」と語りかけられ、天界から駆けつけて下さったペルセポネー様は、「あなたの行なった努力も流す事になる涙も、いつか必ず認めて愛してもらえるようになる時が来るわ、あなたはあなたを信じて、今は自分を労いなさい」と仰せになった。


私はそれを聞いても心が晴れないまま地界に戻った。


祝勝では、まず戦没者への鎮魂の祈りが捧げられ、それから酒食が振る舞われる。これは市街でも皇城でも同じだ。


ただ、こたびの私の働きが知られている為、国民だけでなくアルストリネ王国の人達までもが私によって救われたと言って、パレードで私が姿を見せることを熱望して集まっていると聞かされたけれど、「それは気乗りしません」と断ってしまった。


気持ちを察してくれている家族の皆も、私に無理強いはしようとしない。ただ、皇城での祝宴の前には、皇家でもささやかな祝いの席を設けた。戦功をあげた貴族も招待して労う。


戦に出ていた人達の無事を喜び、犠牲となった人達を追悼する。私は目立つ事を避けたくて、お父様かお兄様の傍にいたかったけれど、お父様から「後ろ向きにばかりなっていてはいけない」と言い聞かせられて、お母様やお兄様達からは「ペルセポニアは過ちを犯してなどいないのだから」と諭され、家族から賛辞を受けた。


そして、お母様から「戦はやはり、本人が望んだ治癒を行なうという意思を尊重したものの、幼い心に傷をつけてしまったのね。元の無邪気なペルセポニアを取り戻す事は叶わなくとも、どうか今の葛藤を乗り越えて心を強く、終わった戦に囚われない心の自由を得て欲しいと願うわ。あなたが神様から受けた祝福は幸せに生きる為にこそのものでしょう」と言われ、思いやってくれる家族の支えが私にはある、と気づかされた。


そして、私はお父様に、祝勝のパレードは無理ですが、建国記念日か私の誕生日でしたらお父様達とパレードに出たいですと告げた。


お父様は相好を崩して、ぜひそうしようと頷いてくれた。


それから、貴族達が集まる宴の中にウィルフレッドお兄様と行ってお料理を頂く。そう多くの貴族を招待した訳でもないはずなのだけれど、私の正体を知る貴族達が次々とやってきて落ち着いて食べていられない。ウィルフレッドお兄様は「ペルセポニアは務めで疲労している。今は挨拶よりも栄養が必要だ。それに大人達に囲まれたら怯えるだろう」と、庇ってあしらい、テーブルに並べられたご馳走やスイーツをたくさん食べさせてくれた。


それは、国賓を招いての祝宴でも同様だった。


多くの国の人々が私を聖女様と呼び、ハデス様達との繋がりについて知りたがった。


かと言って、吹聴していいものではない。お父様達からも、私の身の安全を考えて、あまり神様との事は話さないように言われている。


私一人では対応しきれないだろうと、アンフォルトお兄様が傍にいてくれた。踏み込んだ内容を訊いてくる人からは、アンフォルトお兄様が牽制して不興を買わない程度にあしらって下さる。


それでも、同盟国に友好国、そしてアルストリネ王国の国賓の方々は国の代表でありトップの人達でもある。大司祭や国王程の人になると、下手な態度はとれない。


私は恐縮して口ごもったけれど、アンフォルトお兄様はさすがお父様の補佐をしているだけあって堂々と言葉を交わして、「私は皇女殿下とお話ししたいのですが」と言われても、「皇女はまだ10歳の子供です。慣れない場で大人から話したいと言われても、ご満足頂ける返事は返せませんので」と跳ね除けて下さった。


そこで、ふとフロアの片隅に見覚えのある人の姿が見えた。アルストリネ王国の王太子様だった。ぽつんと立って、グラスを手に所在なさげにしている。


考えてみれば、発端はアルストリネ王国が受けた侵攻だ。国賓として招かれていても不思議ではない。私は「少し失礼致します、ご挨拶したい方がおりますので、お許し下さい」と断りを入れて王太子様の元へ向かった。


「王太子様、お久しぶりです」


声をかけると、王太子様は驚きに目を見張ったものの、すぐに我に返ってお辞儀をしてきた。


「皇女殿下、あなた様のお蔭で我が国は救われました。心より感謝申し上げます」


「いいえ、大人達の皆様のお力なくしては私のような子供には為す術がありませんでした。──今宵はお一人でいらしたのですか?」


「父王と共に参りましたが、父は他国の方々との話に忙しく……」


それで一人きりだったのかと合点がいく。国政に関わる話ならば、王太子より国王だろう。


「では、私が一緒にいてもよろしいでしょうか?──正直に申し上げますと国賓の皆さまとのお話しに疲れました」


言葉を飾らずに言うと、皇太子様は目を僅かに見張って私を見つめ、それから「皇女殿下、喜んでお相手させて頂きます」と応えて下さった。


「私が贈らせて頂いたブローチを着けて下さっているのですね」


今日着ている、明るくても安っぽさのない紅のドレスに合わせる、黄みがかったオフホワイトのストールを留めるのに着けたブローチは、戦前に皇太子様が下さったものだ。


まさかお会い出来るとは思っていなかったけれど、今日この夜に相応しいと思い着けてもらった。王太子様はブローチを大事にしていたのだろう、シャンデリアの明かりに傷も曇りもなくきらめいている。


「はい。アルストリネ王国が得た平和を祝うには、このブローチこそがお似合いでしょう?」


「ありがとうございます、皇女殿下」


「こちらこそお礼を言わないといけません。大切なものを下さったのですから。──それにしても、ブローチの石は見た事もない不思議な石です」


その石は真紅だけれど、ルビーともガーネットともスピネルとも全く違う。透明感や輝きは素晴らしく、一言に真紅と言うには不思議な色味の石だった。


「その石は我が国で王家の者のみが着ける事を許された希少な石で、滅多に採掘されない石ですので……」


「まあ、そのような貴重なお品を下さったのですか?」


「皇女殿下に贈った鉱脈からも僅かですが採掘されますよ。あの鉱脈でとれるのは主に金ですが」


「そうなのですね、知りませんでした。それ程貴重な鉱脈を頂戴してよろしいのかしら」


「むしろ、今の皇女殿下にこそ相応しい鉱脈です」


王太子様は大人達と違ってお話ししやすい。丁重だけれど気取りのない言葉のやり取りは、頑張らなければと張り詰めていた心をほぐしてくれる。


「その鉱脈、一度実際に見てみたいです」


「お蔭様をもちまして平和を得ましたので、この先、いつでもご覧になれますよ。奥の深い所は危険ですので、入り口付近になりますが」


「それでも嬉しいですし、楽しみです」


守られてきた深窓の皇女には相応しくない発言かもしれない。けれど、家族からは好奇心や興味を抑圧される事なく育てられてきたから素直に言える。


「お話を聞いていると、このブローチは王太子様の国の王族のみが着けられる石のブローチではありませんか?──他国の私が着けてもよろしいのでしょうか」


僅かに首を傾げると、王太子様は鷹揚に微笑み、「救国の聖女様ですよ、国の民は皆喜んで皇女殿下を崇めております」と話した。


「何だか面映ゆいです。私は私の望むままに動いただけです」


「だからこそ聖女様なのです。私にとっても唯一無二の崇拝すべき存在ですから」


聖女様だなんて、面と向かって言われると、冗談ですよと言って欲しくなる。私は本当に心のままに動いただけなのだから。最後の方は、それさえもままならなかったけれど。


「まあ……照れくさくて恥ずかしいです。その辺りにして祝宴を楽しみませんか?」


「皇女殿下と共に楽しめるのでしたら、喜んで」


王太子様は、国に戻れば復興の為の仕事の数々が待ち受けている。せめて今夜だけでも羽を伸ばして欲しいと思った。


「あちらのテーブルに美味しいケーキがありましたの、王太子様は甘いものは大丈夫ですか?」


「はい、好き嫌いもありません」


「よかったです。──では、行ってみましょうか」


「ぜひお供させて頂きます。──お手をどうぞ、皇女殿下」


ごく自然に手を差し出されて、そうした扱いに慣れていない私は戸惑いに頬を染めた。おずおずと手を重ねて、大人達の視線を感じながらテーブルに向かう。


視線には様々な意味が内包されていることは、複雑な意味こそ理解しかねても雰囲気から、子供の私にも分かった。


けれど、せっかくの祝宴だし、王太子様との再会だ。束の間でも楽しい思い出を作らなければ、もったいない。


「皇女殿下、このクリームはショコラを練り込んでいるのですか?」


「はい。甘みだけでなく、ショコラのほろ苦い風味も楽しめます。お口に合いましたか?」


「もちろんです。とても美味しいです」


「よかったです。季節のフルーツのタルトもありますよ」


「では、次にはタルトの方へ行きましょう」


王太子様の声が弾んでいる。それが嬉しい。王太子様の面差しは、どこか儚げで前にお会いした時の憂いを思わせる影が消えずにいるけれど、心の一部ででも楽しんでいてくれている事は──それもまた本当の事だと、きちんと伝わってくる。


私達はスイーツを楽しんだ。夜も更けて、お父様とお兄様達から「ペルセポニアはそろそろ休みなさい。疲れも溜まっているはずだからね。無理は禁物だよ」と促されて先に祝宴から退出する事になって王太子様と別れの時が来た。


「またお会いしましょう、王太子様」


「はい、心よりお会い出来る日を楽しみにしております」


──そして私は自室に戻り、侍女から湯浴みと着替えの世話を受けて、ゆっくり眠れるようにホットミルクを用意してもらい──飲み干した頃には眠気がしてきて、すぐにでもベッドに潜りたくなっていた。


「おやすみなさいませ、皇女様」


「ええ、おやすみなさい」


眠気に見舞われた足許がおぼつかない。それでもベッドに辿り着くと、アスランがベッドに乗って横たわり、私を待ってくれていた。


「おやすみなさい、アスラン」


半分眠りかけながら挨拶すると、アスランは頬をぺろりと舐めて私の傍らに陣取った。


……そして眠りの夢の中で、私は見てしまったのだった。


まだ10歳の子供でしかない私には、理解が及ばない感情を。その行動から。

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